公益財団法人 北九州市芸術文化振興財団

目次

財団の活動

北九州芸術劇場
響ホール
音楽事業
埋蔵文化財調査室
紹介
最新の発掘情報
平成28年度の発掘情報
普及活動
出版事業
北九州国際音楽祭
北九州市ジュニアオーケストラ
北九州市少年少女合唱団

施設あんない

北九州芸術劇場
響ホール
大手町練習場
施設空き状況
劇場・響ホール・市民会館
戸畑市民会館

公演スケジュール
公演詳細情報

刊行物
かるかる
ステージ通信「Q」

財団について
財団概要
事業概要

リンク
北部九州文化ネットワーク会議

お問い合せ
お問い合わせ

トップページへ戻る

埋蔵文化財調査室


平成29年度 市民考古学講座

第2回「弥生」を7月27日(木)に行いました。

 第29年度の第2回市民講座は、「紫川の弥生ムラ」をテーマにしました。

 小倉南区を流れる紫川流域には多くの遺跡があります。なかでも弥生時代の遺跡の発掘調査は、20数カ所になります。その結果、特に中流域の様子が少しずつ具体的になってきました。今回は、紫川中流域の遺跡の中でも上徳力遺跡や城野遺跡を中心にお話ししました。

 まずは、弥生時代について説明しました。弥生時代の年代は、紀元前9世紀〜紀元後3世紀です。上徳力遺跡や城野遺跡は弥生時代前期の終わりから後期の終わりごろまでの遺跡なので、紀元前4、5世紀〜紀元後3世紀の頃になります。この間の主な出来事としては、「57年奴国の王が後漢ごかん朝貢ちょうこうし印を授かる。107年倭の国王が後漢に入貢にゅうこうする。147年倭国が大いに乱れる。239年卑弥呼、により親魏倭王しんぎわおうの称号を授かる。266年倭の女王がしんに使いを送る。後、3世紀後半〜4世紀には前方後円墳が出現しヤマト政権統一が進む」ということがありました。そのことを踏まえ、ヤマト政権成立前夜のころのムラについても述べていきました。

 次に上徳力遺跡と城野遺跡の後期終末の様子を主にお話ししました。上徳力遺跡は「北九州市の吉野ヶ里」と呼ばれています。遺跡からは環濠かんごうに囲まれた竪穴住居、高床建物、高床倉庫、方形周溝墓、土器棺墓などが発掘されました。その広さは数100m四方あります。

 城野遺跡は、竪穴住居、高床倉庫、溝に囲まれた建物、玉作り工房、大型方形周溝墓(当センターで主体部を移築展示、現地は保存されています)、小型石棺、土器棺墓、木器水漬け施設などが発掘されました。隣の重留遺跡では、大型竪穴住居内の土坑に広形銅矛ひろがたどうほこ(国重要文化財)が埋められていました。これらの遺跡は紫川東岸のムラです。近年、城野ムラの大型墳墓の発見により、弥生時代の首長層の存在やクニ「企救国きくこく」の想定がされています。

 また、これらのムラではモノづくりが行われました。一番はお米作りですが、弥生時代でもドングリがまだまだ食べられていたようです。それから土器作りです。土器は粘土で覆った窯で作られていたようです。中期には石器が多く作られ、くわなどの農具や建築部材などの木製品も作られました。後期には鉄器が使用されました。城野遺跡では管玉や勾玉などの玉作りが行われていましたが、材料となった水晶は北九州市内で採れたもので、碧玉へきぎょくやメノウ、ヒスイなどは交易により持ち込まれたものと考えられます。

 今回の講座を通じ、弥生時代の生活や出来事に加え、皆さんにとっても身近な小倉南区の遺跡の調査成果についても知って頂けたことと思います。北九州の遺跡や歴史にますます興味を持って頂けたのではないでしょうか。
(公財)北九州市芸術文化振興財団 埋蔵文化財調査室
学芸員 梅﨑 惠司)


※この講座の参加募集はすでに締め切りました。またのご参加お待ちしております。



<写真はクリックすると大きく表示されます>


市民考古学講座 01

市民考古学講座 02

市民考古学講座 03


市民考古学講座 04

市民考古学講座 05

市民考古学講座 06