公益財団法人 北九州市芸術文化振興財団

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平成29年度 市民考古学講座

第1回「縄文」を5月25日(木)に行いました。

 今年度最初の市民考古学講座では、縄文時代の集落をテーマとしてとりあげました。
タイトルは「縄文ムラを読み解く」です。

 今から約1万3000年前、長い氷河期が終わりを告げ、地球は少しずつ暖かくなっていきます。こうした気候の変化に伴い、海水面の上昇や、森林の形成が始まります。また、ちょうどこの頃、土器が発明され、食物の煮炊きが始まりました。こうした諸要因によって、狩猟を目的とした遊動生活から、ある特定地域に居住する定住生活が始まります。

 こうした定住生活の開始により、いわゆる「ムラ」=「集落」が形成される訳ですが、東日本と西日本を比較した場合、縄文時代の集落は東日本で圧倒的に多く大規模であるのに対し、西日本では少なく小規模であるという違いがあります。その要因について、以前は資源量の差が縄文集落の東西格差を生み出したと考えられていましたが、近年では、サケ類の捕獲など、集中的な資源獲得が必要な東日本では相対的に人口を多く抱える傾向にあり、西日本では、短期的な労働集約が不要なため、人口を少なく抑える傾向にあることが指摘されています。

 次に西日本の縄文集落の基本的な変遷や構造について説明を行いました。縄文後期段階になると、東日本と西日本の集落数格差が縮小され、近畿地方で集落数が増加し、これが瀬戸内、九州へと玉突き的に波及していきます。北九州市や京築地方では、後期中頃になると集落数が増加し、竪穴住居も数多く確認されるようになり、多いものでは30棟以上の竪穴住居が確認された遺跡もあります。ただ、1つの集落で確認された竪穴住居は、すべてが同時期に併存していたものではなく、各住居から出土した土器型式を検討すると、同時に併存していた住居数は2〜3棟となり、広場を囲んで2群に分かれる傾向があるなど、特徴的な構造を描き出すことができます。また、福岡県東部から大分県の各遺跡の継続期間を検討し、周防灘の沿岸部から大分県の山間部へ集団の移動があったのではないかという想定を示しました。

 西日本の「縄文ムラ」についての実態解明は、道半ばですが、今までの研究成果を踏まえて当時の暮らしの一端を受講者の皆様にお伝えできたのではないかと思います。
(北九州市市民文化スポーツ局 文化企画課 学芸員
小南 裕一)


※この講座の参加募集はすでに締め切りました。またのご参加お待ちしております。



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市民考古学講座 01

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