CulCul 9月号 2013 page 7/16

CulCul 9月号 2013

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概要:
北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2013.September昭和24 年の発掘の様子(小倉高校考古学部)埋蔵文化財hiroba 梅 﨑 惠 司遺跡からのメッセージ(公財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室 学芸員Keiji Umezaki城野遺跡全景 この二つの名称は、小倉高等学校考古学部の部誌『まがたま』 (昭和25年12月30日発行)の『2 -25年度市内遺跡調査中間報告』 に報告されていました。その中の19、20にまとめられていたので、 ここに全文を示します。 19、猫塚 小倉市中城野(小川氏宅) 日豊線城野駅より徒歩にて約十分北方刑務所の横の空地に位置する。これは竪穴式石棺であり石棺内には遺物なくただ封土中より土錘石斧石庖丁の破片一片づつ拾得した。他に付近一帯より弥生式土器特に遠賀川式が目立って多く須恵器は極く破片しか散布していなかった。昭和24年夏休み、我々部員の手によって学校に持ち帰り本館前に組み合わせている。 20、三塚 小倉市中城野(小川氏宅) 猫塚より二十米離れている小川氏宅の庭園内に直径四米位の三つの小山がある。これは未だ調査されていないがこれも猫塚と同じく竪穴式石棺と考えられている。附近一体には遠賀川式須恵器土師器が散布している。 文中の「小川氏」はもう亡くなられ、家族は福岡に転居したそうです。そう教えてくれた付近住民は城野駅付近のことを「小高い丘で家はなく野っぱらだった」と言っていました。地主から、古墳があるので何とかしたいという希望に応えたのは、考古学部でした。この時にお茶を差し入れた方が付近におられました。この方が猫塚の発掘のことを覚えていたのです。現在、発掘された「猫塚」の石棺は、小倉高校に移設されています。その大きさは、内法で長さ1・85m、幅0・63m、深さ0・7mです。この時、盛土から弥生土器や古墳時代の焼き物である須恵器片が出土しています。 平成24(2012)年に、城野駅南側の工事のため発掘調査され、そこで発掘されたのは外周を巡っていた堀でした。この堀は直線、つまり上から見ると四角の方墳だったのです。堀から出土したのは、やはり弥生後期土器と数点の須恵器片でした。年代は、4世紀代と考えられます。 さて、「三塚」ですが、猫塚の他に三つの小山があると書かれています。つまり、当時4つ塚があったとしているのです。 城野駅南側の調査は平成23年度から行い、25年度も行っています。現在、古墳は2基が発見されています。猫塚の可能性が高い2号方墳と1号円墳です。1号円墳は24年度に3分の2を掘り、25年度はその西側を掘っています。そこで堀が円にならないことがわかってきたのです。堀は、くの字に開いたようになり、上から見ると「カギ穴形」になっているようです。2つの古墳は、堀しか残っていません。しかし、1号は直径27m、2号は1辺18m程です。いずれも主軸が紫川流域を向いています。したがって、この流域の首長層の古墳であったことが明らかになってきているのです。調査が終わるのは秋になりますので、お楽しみに!【このコーナーの次回掲載予定は11月号です】猫塚と三塚