CulCul 1月号 2014 page 5/16

CulCul 1月号 2014

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概要:
北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

5 CulCul 2014.January展に入選し(当時の院展には油彩画部門もありました)、その才能を早くも開花させます。また柳瀬は門司にあった喫茶店「カフェ・ブラジル」のマスターや出入りする文化人たちとの交流を通じて、様々な芸術に触れ、関心を深めていきました。 15年には小倉で出会った松本文雄を通じて社会主義思想を知り、傾倒します。それがその後プロレタリア美術運動へと身を投じていく下地となりました。 このように柳瀬が多感な10代を過ごした北九州の地は、その後の画業の素地を固めるのに大変重要な場であったといえるでしょう。 ところで、このたび本展とは別に、同時期に『柳瀬正夢全集』(全4巻+別巻1、三人社)が新たに刊行されるそうです。柳瀬の本名は「正六」といいますが、「正夢」というペンネームを冠する柳瀬が思い描いていた「夢」とはどのような夢だったのでしょうか。このたびの展覧会や全集刊行を機に、多くの人が柳瀬の夢に触れ、その志が今後も受け継がれていくことを願います。美術hiroba 花 田 伸 一北九州アートめぐりキュレーターShinichi Hanada「柳瀬正夢1900-1945大正、昭和を駆けぬける」より司、活動の舞台となった東京という、(中略)それぞれの土地と柳瀬の関わりや描かれた場所を再検証」とある通り、北九州会場では柳瀬と北九州との関わりが取り上げられています。 柳瀬は1911年、11歳のときに生まれ故郷の松山から門司へ移り住み、10代の多感な時期を門司で過ごしました。15歳のときには風景画《河と降る光と》(写真3)が再興第2回院術運動での活躍でしょう(写真1、2)。労働者の権利や立場を守るための運動です。あるいは読売新聞において風刺画や漫画も多く手がけるなど、社会へ温かくも鋭い眼差しを向けつづけた柳瀬の活動は絵画のみならず、漫画、装丁、舞台美術、写真、俳句など、多岐に及びます。 さて同展は、柳瀬とかかわりのある土地に近い3つの美術館で開催されます。案内文に「生誕地の松山、10代を過ごした門 北九州市立美術館本館にて、2013年12月14日(土)?2014年2月2日(日)に企画展「柳瀬正夢1900-1945 大正、昭和を駆けぬける」が開催されています。北九州ゆかりの画家、柳瀬正夢(1900?1945)の画業を紹介するものです。 柳瀬の活動として最も知られているのは『無産者新聞』や『戦旗』におけるプロレタリア美写真2写真4 写真3写真1【写真解説】写真1:「読メ!無産者新聞」ポスター    1927 年    神奈川県立近代美術館寄託写真2:「五万の読者と手を握れ 全民衆の    味方無産者新聞を読め!!」ポスター    1927 年    神奈川県立近代美術館寄託写真3:『河と降る光と』 1915 年    武蔵野美術大学美術館・図書館蔵写真4:『門司』 1920 年    武蔵野美術大学美術館・図書館蔵催事情報を見る