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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2014.May〈埋蔵文化財の展示案内〉・北九州市立埋蔵文化財センター(小倉北区金田1の1の3 093(582)0941)北九州市を掘る(77) 埋蔵文化財速報展『古墳時代の集落と平安時代の工房ー御手洗遺跡ー』古墳時代の土師器や平安時代の陶磁器、瓦など50点を展示 常設展もあり。【開催期間】8月24日(日)まで【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※毎週月曜日(休日の場合はその翌日)休館【入館料】無料・黒崎歴史ふれあい館(八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F)常設展『城下町から宿場町へ~出土品が語る黒崎の歴史と文化~』   『シュガーロード・発掘物語』【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※年中無休【入館料】無料埋蔵文化財hiroba 前 田 義 人遺跡からのメッセージ(公財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室 室長Yoshihito Maeda 今回ご紹介する潤崎遺跡は、小倉南区東貫1、2丁目に所在。南から北に延びる丘陵上、標高10?6mに立地する曽根平野の中心的集落です。二基の前方後円墳の他、古墳・奈良時代の集落跡が知られていました。第10地点で、これまで考えられていた集落の外側から古墳時代初頭(3?4世紀)の水汲み場が発見されました。 調査区は丘陵西側の低地で標高は約4・5m。青灰色粘土が堆積しており、遺構はこの粘土層に築かれています。住居はなく、わずか570㎡の範囲に38基の土坑が見つかりました。 遺構の配置を見ると、中央から北側は、弧こじょう状に二列の帯状配で、1点は弓を引き絞った弦のない姿に類似し、もう1点は、曲線と直線を組み合わせた意味不明なものです。描かれる絵画は、祭りの内容の一部を描いたものですが、絵は記号化され、意味は、属する集団のもの以外、わからない形になっています。現代の私たちが、すべてを理解するのは難しいようです。 弥生時代の井戸が市内では、志井雀すずめ木ぎ ・守恒・松本の各遺跡で見つかっています。松本遺跡では、青銅器製作の工房に伴う井戸と考えられています。市内では、古墳時代の井戸は初めてかと思います。 潤崎遺跡の井戸は何のために掘られたのでしょうか。絵画土器や壺が、祭さいし祀後に割られて、複数の井戸に入れられています。このことから、同時期に複数の井戸が存在したことがわかり、井戸が個人(司祭者を含む)のものではなく集団に属することもわかります。恐らく土木工事や、工房に伴う井戸だと考えられます。この地域は後に市内で最古の前方後円墳が築かれ、首長率いる有力集団が誕生しますが、本遺跡はまさにその前段階の躍動する活気が感じられます。古墳時代の水汲くみ場―潤うるさき崎遺跡第10 地点―置になっており、数基がグループを形かたち作づくっています。中には井戸と考えられる土坑がありました。他の学芸員の中から、「土坑は粘土採掘穴ではないか?」との指摘もありましたが、土坑の壁面に鋤すき(スコップ)の痕がなく、掘り方も規則正しく、平滑で垂直な立ち上がりだったので、素掘の井戸とその関連施設と考えました。 井戸は地下水を汲み上げ、利用する施設で、遺構の底が湧水層に達していることが第一条件。壁面の崩壊を防ぎ、安定を保つため、青灰色粘土層に築かれたと思います。 井戸は10基確認され、可能性のあるもの2基、井戸を掘る段階のもの3基を含めると15基になります。井戸は平面形円形・楕だ円えんけい形・隅丸方形で、大きさは1・5m?1・8m、深さは80㎝?90㎝、二段掘りが多く、下段の土坑は、壁がほぼ垂直で、断面U字形。遺物は少なく、清潔に管理されていたことがわかります。井戸を廃棄する時に祭りをしており、絵画土器や火をうけた土器が出土しています。また、出土遺物に甕かめは少なく、小型の広口壺や短たんけい頸壺こ、高坏などで、日常容器とは異なるものです。 壺に描かれた絵画土器が2点ありますが、共に絵は抽象的【このコーナーの次回掲載予定は7月号です】潤崎遺跡第10 地点の南側遺構群記号化された絵画土器