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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2014.September埋蔵文化財hiroba 佐 藤 浩 司遺跡からのメッセージ(公財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室 調査係長Kouji Satou 遺跡の発掘調査では、あらかじめ出土するものが予想される場合と、掘ってみなければ何が出るかわからない場合とがあります。 現在リバーウォークがある付近は、それが出来る前は小倉北区役所でしたが、江戸時代は小倉城下町の一部でした。しかも小倉城天守閣のすぐ近くで、L字型に曲がったお堀の裏なので、堀に沿う道か広い武家屋敷の一部に当たるわけです(写真1)。皆さんも小倉城下町を描いたこの様な絵図を一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。 そんな場所を発掘すれば、十中八九、江戸時代の茶碗か瓦がよね。すると、これらは小倉城下町が作られる以前のものかもしれない、という推測ができるわけです。厳密に遺跡の土層堆積の様子を調べると、江戸時代の土層の下に中ちゅうせい世の土層が存在することがわかりました。そして、文献にも記載された小こ倉くら鋳い物も師じの生産拠きょてん点の一部がこのリバーウォーク周辺にあったという発見につながったのです。これはまさに予測していなかった事実でした。実際には溶解炉を設置した基礎部分、炉ろ壁へきを積み上げた井戸、鋳型を再利用した塀へい区画なども見つかり、北九州人が誇る「ものづくり職人」の活動の様子が生き生きとよみがえる思いでした。 驚きはこれだけでは終わりませんでした。そのさらに下層からは、砂丘上に営まれた弥生時代前期の甕かめかん棺や箱はこしきせっかん式石棺などのお墓が発掘されたのです。二千三百年も前のお墓からは、当時の権力者しか持ち得ない銅どうけん剣や美しい玉類が副ふくそう葬されていました。 この地には、私たちの想像をはるかに超える悠ゆうきゅう久な歴史が秘められていたのです。多様な出土品―読み解く歴史―出てきます。しかもこれらは大量に土中に埋まっている場合が多く、ここには江戸時代の人々が使った生活用品が眠っているのだ、と想像できます。すると他にも色々な材質で出来た道具なども出てくるのではないか、と予測が立ちます。ガラス製の瓶や簪かんざし、鉄製の刀や包丁、銅製の手鏡やキセルやお金、石せき製の臼うすや硯すずり、木製の桶おけや箱など、腐くさらないものを中心に続々出てきます。 しかし、その中に見慣れない、壁かべつち土のような破片や鉄が溶けて冷え固まったようなごつごつした物体が大量に見つかったのです。これはなんだろう? 生活用品とは思えないし、なにかをこのあたりで作っていたのかな? という疑問が湧わいてきます。よく調べてみたら、それは大きな溶ようかい解炉ろの一部や、鉄や銅が溶けて流れ出たカス(スラッグ)だったのです。 他にも溶解炉に風を送るフイゴの羽は口ぐち、溶けた金属を入れるルツボ、金属を流し込んで作る鍋やスコップの鋳型なども見つかったため、その場所がかつて銅製品や鉄製品を作るための工場があったということが判明したのです(写真2)。 まさか、武家屋敷の一角でこんな作業をしていたら、それこそ公害で大変なことになります【このコーナーの次回掲載予定は11月号です】写真1 江戸時代の絵図とリバーウォークの位置(桃色部分)写真2 リバーウォークの地下で見つかった鋳造関連の遺物    (手前:ルツボや炉壁 奥:鍋とスコップの鋳型)〈埋蔵文化財の展示案内〉・北九州市立埋蔵文化財センター(小倉北区金田1の1の3 093(582)0941)北九州市を掘る(78) 埋蔵文化財速報展『竪穴住居のくらし―上徳力遺跡第26地点の調査―』古墳時代の竪穴住居の台所から出土した土師器や須恵器60点を展示 常設展もあり。【開催期間】8月26日(火)~12月21日(日)【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※毎週月曜日(休日の場合はその翌日)休館【入館料】無料・黒崎歴史ふれあい館(八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F)常設展開催中常設展『城下町から宿場町へ~出土品が語る黒崎の歴史と文化~』、『シュガーロード・発掘物語』【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※年中無休【入館料】無料