ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

3 CulCul 2014.October演劇hiroba おおつか えみこ演劇の街は、いま大塚恵美子演劇事務所 代表Emiko Otsuka成果発表の様子楽屋を小劇場に 毎年この時期になると紹介させていただいている「劇的行事」がある。『高校生のための演劇塾』だ。福岡県高等学校芸術・文化連盟演劇部門北九州支部が北九州芸術劇場の協力の元、毎年開催しているこの企画、今年は8月5日?7日、北九州芸術劇場にて行われ、約120名の高校生が参加した。 劇場のテクニカルスタッフが「照明」「音響」「舞台技術」の各講座を担当。地元劇団の演出家や俳優が指導する「芸術劇場中劇場での小作品発表」講座では、生徒たちが実際にキャスト、スタッフとなり、10分ほどの作品を発表した。また、今年は「楽屋を小劇場にする」講座、一年生を中心とした「演技の基礎を学ぶ」講座も加わり、ますます充実した内容となった。単に機材操作や、演技技術だけでなく、作品に向き合う姿勢から伝えていこうとする講師陣の姿勢も意欲的である。 さて、講座内容もさることながら、実は、私が一番興味深く感じたのは、講座中に何度も発生した〝怪奇現象?だ。この『演劇塾』では、どの講座にも、講師側からの一方的な技術伝達ではなく、生徒達自身がアイデアを出し、グループ内で、それについて話し合う場面がある。〝怪奇現象?はその話し合いの場で起こった。 誰かが良いアイデアを出す。みんながそれに対して頷いて賛意を示すが、誰も「よし!  じゃあ、それに決めよう」と言い出さない。いつの間にか、違うアイデアが出され、みんながそれについて話を始めるが、いつしかそれが再び違う話にすり替わる。しかし、誰も不思議だと思わない。一見、笑顔で活発に言葉を交わしているのに、何も生まれる気配がない・・・そんな現象だ。 実は、小学生、中学生とワークショップをやる際にも、これによく出会うようになった。私のワークショップ講師仲間が「妖怪キメラレナインダ」と名付けたが、言い得て妙だと思う。そのままずばり、無意識に「決める」責任を回避しようとする事から生まれる事態である。 話し合いの場だけでない。子ども達が創る作品にもその妖怪は出没する。主人公自身が何も決定せず、いきなり現れた絶対者が、答えを与え、導いてくれてハッピーエンド、といった構造の物語のなんと多い事か。 最近は、小学校などでも「会話のテクニック」を授業で教える。しかし、いくらテクニックを教えたとしても、子ども達のコミュニケーションの底にある「決める」という、ある意味危険な行為に飛び込む勇気を持てない現状を変えなければ、いずれ社会全体がこの奇態な妖怪にのみ込まれてしまうのではないかとすら思う。 私は、学校という教育の場で若者が演劇をやる意味は、彼らが現実世界でやらなければならない、さまざまな「決める」という行為にしっかり向き合う事ができるようにすることなのだと思っている。演劇の世界でなら、いくらでも失敗できるからだ。何度でもやり直せるからだ。 ヨーロッパのドラマ教育の先人たちは、教育における演劇的手法の役割を「生きる練習」と呼んだ。そして、彼らが充実した練習ができる土壌を創るのは、私たち演劇人の役割だ。そういう事を再認識した『演劇塾』だった。『高校生のための演劇塾』照明講座の様子