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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2015.January埋蔵文化財hiroba 柴 尾 俊 介遺跡からのメッセージ(公財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室 学芸員Shunsuke Shibao 2013年2月に、小倉南区湯川新町にある水みずまち町遺跡第5地点の発掘調査を行いました。 この遺跡から、紀元前3世紀の弥生時代前期末の土器片が出土しました。多くの弥生土器に混じって、1点だけ異なる形の土器で、口こう縁えん部ぶ の破片が発見されました(図1)。それを復元してみると、小型の鉢形をした土器で、口縁部に円形ないし楕だ円形の粘土帯を貼り付け、胴部がやや膨らむ形の土器になります。 このような土器は、弥生土器の形ではなく、朝鮮半島の無む紋もん土器時代後期の円形粘土帯土器文化の土器に類例を求めることができます。 半島の南端部で鋳造鉄斧の「破片」が出土することの意義は大きいと思います。半島では鋳造鉄斧の破片は、基本的に使用されないが、列島では破片でも使用するので、そこに交易が成り立つ条件が成立するのです。 亀山洞遺跡は、列島への鋳造鉄斧片の供給地の一つと考えられ、半島で破片を再加工した可能性もあることを示しています。 このように、弥生時代前期末?中期初頭という時期は、半島と列島との間で鉄をめぐる交易が開始された時期であり、列島が金属器文化に入った時期でもあるのです。朝鮮半島から伝来した金属器文化 この時期には、中国東北部の遼りょうねい寧地方から円形粘土帯土器文化が、朝鮮半島西海岸を中心に伝来し、半島にその文化が定着し、その後日本列島にも伝来しました。現在では、円形粘土帯土器が出土した遺跡は、東は京都府亀岡市太田遺跡から、南は熊本県宇土市石瀬遺跡まで広がっています。 円形粘土帯土器文化が列島へ伝来した弥生時代前期末?中期初頭には、土器以外にも朝鮮製の細ほそ形がた銅剣と、中国戦国時代の燕えん国やその周辺の地域で作られた燕国系の鋳ちゅう造ぞう鉄て っぷ斧片も西日本へ流入しています。鋳造鉄斧とは、石製の鋳い型がたの中に鋳鉄を流し込んで作る斧形の鉄製品で、袋部に二条の凸とつ帯たいをもつタイプと、横断面形が台形をなすタイプがあります。 この鋳造鉄斧片が八幡西区永えいのまる犬丸の中なかぶせ伏遺跡から発見されています。 最近、韓国・金きんかいしくさんどん海市亀山洞遺跡から、この鋳造鉄斧片と中期前半の弥生系土器と円形粘土帯土器が出土しています(図2)。福岡大学の武末純一教授は、多くの弥生系土器と鋳造鉄斧片の加工品が出土したことから、亀山洞遺跡に居住した弥生人系集団の目的のひとつに原料鉄の確保と鉄器生産技術の習得があったことを指摘されています。【このコーナーの次回掲載予定は3月号です】水町遺跡第5地点出土円形粘土帯土器〈埋蔵文化財の展示案内〉・北九州市立埋蔵文化財センター(小倉北区金田1の1の3 093(582)0941)北九州市を掘る(79) 埋蔵文化財速報展『小倉城東曲輪の藩士屋敷跡ー古船場町遺跡の調査ー』陶磁器や瓦、ガラス製品など50点を展示 常設展もあり。【開催期間】4月26日(日)まで【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)【入館料】無料【休館日】月曜日(休日の場合はその翌日)休館・年末年始(12月29日~1月3日)・黒崎歴史ふれあい館(八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F)常設展開催中常設展『城下町から宿場町へ~出土品が語る黒崎の歴史と文化~』『シュガーロード・発掘物語』【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※年中無休【入館料】無料【休館日】年末年始(12月29日~1月3日)図2 金海市亀山洞遺跡出土の鋳造鉄斧片と弥生系土器図1 水町遺跡第5地点出土円形粘土帯土器