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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2015.May埋蔵財化文hiroba 梅 﨑 惠 司遺跡からのメッセージ(公財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室 学芸員Keiji Umezaki 高野山田遺跡は紫川中流域の西岸にあり、紫川支流の長行山田川が遺跡の北側に流れています。調査地は小山に囲まれた盆地状地形の斜面で標高は52メートル。付近にはお堂や、イボができたときにイボ石でイボをこすると治るという「イボ神様」があります。周辺の高野遺跡では、縄文時代から鎌倉時代にかけて幅広い年代の土器や石器などが出土しています。中でも中国の湖州鏡、木製鐙、硯、石帯、銅製帯金具などは役人をほうふつさせ、古代から中世にかけての有力な村であったようです。今回は弥生時代と鎌倉時代の遺構が数多く発見されました。弥生時代の高野ムラ 弥生時代の遺構には土坑と貯蔵穴が主に残っていました。中から中期初頭の城ノ越式の壺や甕、石器が出土しました。壺は前期の壺につく羽状文がない土器で、比較的まとまって出土しました。石器には石庖丁や石斧などがあり、石庖丁は穴が開いておらず、石斧は割って形を整えた状態のままで、磨かれていませんでした。また、これらと一緒に石材も多数出土しました。 土坑は楕円形で長さ1メートルくらいです。2?3基ずつまとまっていますので、弥生人は同時に掘っていたか、あるいは掘りかえたようです。貯蔵穴は2基見つかりました。ここの地面は掘りにくかったようで、深い袋状にはなっていませんでした。 小さな村のようですが、米作りや石器作りを行っていた弥生人の生活の様子が思い浮かびます。鎌倉時代の高野ムラ 鎌倉時代の溝や土坑からは素焼きの坏や皿、瓦器?、鍋、龍泉窯系青磁碗、宋銭が出土しました。土坑は楕円形で長さ2?3メートルほどです。また、炭が一面に出土しました。溝は幅2メートルで石を敷き詰めたような状況で見つかり、床面からやはり宋銭が1点出土しました。 高野地区には鎌倉・室町時代の長尾城(中世山城)が築かれており、この城と複数のムラが合わさって農村を営み地域を治めていたと思われます。今回の調査地はそのムラの一つだったのです。この鎌倉時代の遺構は中世のムラの在り方を具体的に示す貴重な資料となりました。【このコーナーの次回掲載予定は7月号です】弥生時代と鎌倉時代の高野ムラ※土器などに施された矢羽状の模様おさゆきやまもくせいあぶみすずりこしゅうきょうせきたいおびどこうつぼじょうのこししきかめだがわだえんつきがきわん※ うじょうもんりゅうせんようけいせいじわんそう写真1 高野山田遺跡全景(東から) 小さな盆地地形に弥生時代と鎌倉時代のムラがありました写真2 鎌倉時代の土坑(たくさんの小皿や?が出土)写真3 竹ベラで小皿を発掘して当時の状況を調査します写真4 鎌倉時代の溝の底から出土した中国・宋銭 治平元寳(初鋳1064年)じへいげんぽうしょちゅう〈埋蔵文化財の展示案内〉・ 黒崎歴史ふれあい館(八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F)常設展開催中常設展『城下町から宿場町へ~出土品が語る黒崎の歴史と文化~』『シュガーロード・発掘物語』【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※年中無休【入館料】無料・ 北九州市立埋蔵文化財センター(小倉北区金田1の1の3 093(582)0941)北九州市を掘る(80) 埋蔵文化財速報展『弥生時代と鎌倉時代の高野ムラ-高野山田遺跡-』【開催期間】8月23日(日)まで【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※毎週月曜日(休日の場合はその翌日)休館【入館料】無料弥生土器や石器、中世の陶磁器や中国銭、土錘(網のおもり)など50点を展示。常設展もあり。どすい催事情報を見る