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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 松本清張が昭和20年代に、井上靖の『玉碗記』や『漆胡樽』などの「西域」ものを読んで、作家になる前からその存在と作品を意識していただろうことは、本誌昨年9月号に書いた。今回はその続きである。 1963年12月15日刊行の『松本清張短編全集2 青のある断層』(光文社)に、63年11月の日付入りの清張自身の「あとがき」が付いている。芥川賞を受賞しデビューした53年の9月、「オール讀物」に清張の『権妻』という作品が掲載されたとき、編集会議の席上で『権妻』を推した婦人編集者が〈私のことを第二の井上靖になるだろうと言った〉ということを聞き、〈私はそれを聞いて満足した〉と書いている。当時、井上靖の「人と作品」に好意を寄せ評価していたのだろう。続けて〈実際、私は井上靖の出現がなかったら、何を目標にして作品を書いていいかわからなかった。井上氏によって私の行く道は決定した〉と、10年前を振り返って述懐している。ここには、文筆修業のない成り立ての作家として清張が、井上靖の作品を参考にしていた痕が見て取れる。具体的には、前出の『玉碗記』『漆胡樽』『僧行賀の涙』やほかの歴史物などを読んで、そこに自分に合った作品のテーマを見出し、書く《目標》としたのかもしれない。さらに、清張がのちに発表する作品に目を広げてみると、《目標》とした井上靖の作品として、『ある偽作家の生涯』( 51年10月、「新潮」)などの美術関係の作品も挙げられよう。この作品は、ある著名な日本画家の「伝記」の執筆を頼まれた主人公が、取材のため訪れた地方の方方でその画家の偽作に出会う。そして、偽作を描いた画家の友人の生涯に興味を持ち追いかけるうちに、その偽作家の堕ちていく悲劇的な生き様が浮かび上がる物語である。ここには、画家の「伝記」と「贋作」のモチーフがある。のちに清張は『真贋の森』『青のある断層』で絵画の贋作を取り扱い、『装飾評伝』で岸田劉生をモデルにした「評伝(伝記)」に隠された天才画家と親友の一人の女性をめぐっての確執を書くことになる。(『真贋の森』『装飾評伝』は新潮文庫『黒地の絵』に収録) また、これなどは《目標》とは違うかもしれないが、清張に『礼遇の資格』(72年2月、『小説新潮』)という作品がある。これには主人公の骨董コレクションとして西アジア出土の「シリンダー・シール(円筒印章)」が出てきて、夫と若い妻とのあいだに生じた殺意を描く心理サスペンスに、息抜き的な潤いと余裕を加えている。同じ円筒印章が重要な道具立てとして出てくる井上靖作品に、『古い文字』( 62年12月、64年6月の「文學界」に分載)がある。こちらの方は若い考古学者が主人公で、旅行中手に入れた、古代のアッカド文字とインダス文字が併記された、つまりそれまで読めなかったインダス文字の解読の鍵となるかもしれない、貴重な円筒印章そのものとそれに対する研究者の関わり方が重要な要素となっているフィクションで、清張の『礼遇の資格』とは少し趣が違う。 それはともかく、デビューし立ての清張が井上靖の作品を《目標》にまでしたのは、当然井上作品に対する評価と愛好があったのだろうが、『同人誌』体験などがなく、文壇に先輩・知人もほとんどいなかったことも関係があろう。しかし、それだけでもない。その背景にあって、二人の接近を促したものがあるように思う。清張と井上靖には、意外なほど共通点があり、またあまり知られていないが、清張の作家デビューの頃、あるいは戦前・戦後の《読者》時代から、二人には接点があり縁がある。次回( 10月号を予定)から、その共通点や接点について具体的に拾い上げて、二人の接近の背景にあるものをもう少し詳しく探っていこう。文芸hiroba 中  川 里 志北九州市立松本清張記念館 学芸担当主査Satoshi Nakagawa清張アラカルト北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3【常設展観覧料】【お問合せ】一般 500円 中高生 300円小学生 200円【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)Informationしっこそんあとごんさいじゅっかいほうぼうえんとう二つの『玉碗記』松本清張と井上靖(2)『松本清張短編全集2 青のある断層』(光文社文庫)『黒地の絵』(新潮文庫)