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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 すこし寄り道をしたい。前回、松本清張がデビューしたてのころ、目標とした井上靖作品として『ある偽作家の生涯』という美術ものの小説を紹介した。併せて、清張の「青のある断層」の名を挙げておいた。前者のモチーフは《贋作》である。後者も、有名画家の行為が《盗作》に近いという意味で、同傾向の作品。今回はその「青のある断層」の舞台の一つ、伊豆の船原温泉に寄り道したいのである。 さる6月初め、三島で新幹線を降り、井上靖文学館を見学した。作家ゆかりの《愛鷹山》の麓、美しい自然の長泉町に、存命中に開館した文学館である。館長のご好意でその後、旧天城隧道まで案内してもらった。途中、井上が幼少年期を過ごした湯ヶ島を車で通った。 天城隧道には、清張は1954年に訪れている。芥川賞受賞の翌年、〈初めて伊豆に行き、今井浜という温泉に泊まった。その翌日、天城を越えて修善寺に着いた〉と、「私の推理小説作法」に書いている。今井浜は南伊豆、下田の近くの温泉地だが、そこから北上して天城峠を越えた旅を思い出し、5年後「天城越え」(59年11月、「サンデー毎日」)を書いたのである。 「天城越え」は、川端康成と『伊豆の踊子』を意識して書かれた作品だと、よく評される。冒頭にすでに『伊豆の踊子』の一文が引用されている。どちらも若い男が主人公で、旅で行き会った女性との交流が物語の骨格である点で共通する。ただ、主人公の境遇の違いも最初から強調されている。片や貧しい鍛冶屋の16歳の少年、片や第一高等学校の19歳の学生である。女性も片や美しいが酌婦の身の女、片や旅芸人ではあるがまだ女になりきらぬ少女である。この対照的なキャラクター設定の底には、〈作家清張〉独特の、対抗的な意識が垣間見える。この川端への複雑な意識が上京早々の清張を、『伊豆の踊子』とは逆方向の伊豆旅行に誘ったと考えることもできよう。 併せて、もしかしたら井上靖から故郷の伊豆の話を聞き、誘われた可能性も無きにしもあらずの気がするのである。ちょうど54年から60年くらいの、清張と井上靖の交流が『日記』に見える。清張は〈井上靖を自宅に〉訪問し、〈四時間余話す〉と書き残している。そのとき、井上ゆかりの伊豆の温泉や自然、さらに『伊豆の踊子』のことも話題に上ったのではなかろうか。 さて話を戻すと、旧天城隧道は意外に長く、石造りの内部はひんやりとして肌寒かった。そこから狩野川沿いを戻ると、船原温泉に着く。船原館(伊豆市上船原)で、文学館の出前展示『松本清張と伊豆』展を観覧する。館主にわさびご飯をごちそうになり、御狩場焼きについて話を聞く。「青のある断層」にも、〈源頼朝が伊豆にいる時、この辺まで来て狩りをしたときの弁当が由来〉〈今ごろはウズラとヒメマスと里芋を焼く〉と説明されている。清張が船原温泉に旅したのは54年の夏で、前記「あとがき」に出ている。そのとき泊まったのは「船原ホテル」といい、船原川を挟んで船原館の対岸に建っていたそうだが、今は取り壊されてない。当時の宣伝チラシ(写真)を見ると、橋の傍らの河原に御狩場焼きの案内札が立っている。「青のある断層」には、〈道をおりて、渓流のすぐ横に公園風な広場があって、四阿が立っていた。その中に石で囲った炉〉があったと描写されている。 清張はその後も、『彩霧』(63年1月?12月、「オール讀物」)、『Dの複合』(65年10月?68年3月、「宝石」)で船原温泉を使っている。いかに清張が、この静かな温泉郷を気に入ったかがうかがえる。『黒い画集』(「天城越え」収録、新潮文庫)二つの『玉碗記』松本清張と井上靖(3)文芸hiroba 中  川 里 志北九州市立松本清張記念館 学芸担当主査Satoshi Nakagawa清張アラカルトあしたかやまながいずみちょうずいどうおかりばあずまやさいむ北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3【常設展観覧料】【お問合せ】093(582)2761一般 500円 中高生 300円小学生 200円【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)Information※1 『松本清張自選傑作短篇集』あとがき、 76年6月、読売新聞社。※2 推理小説の発想」中「創作ノート」、江戸川 乱歩・松本清張編『推理小説作法』(59年4月、 光文社)収録。21「船原ホテル」チラシ井上靖文学館(静岡県長泉町)