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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 文学館では、入手し難い郷土ゆかりの作家の作品を収めた「文学館文庫」を発行しています。2月に刊行予定の10巻目は、映画『無法松の一生』の原作者、岩下俊作の小説「算額問答」、「辰次と由松」、「諦めとはいへど」、「文覚」、「見張所と信号所」を収録します。今回は、作家岩下俊作と収録作品を紹介いたします。 岩下俊作は、1906(明治39)年、企救郡足立村(現・北九州市小倉北区)に生まれました。小学校4年の時、転校先の天神島尋常小学校で同級生の劉寒吉と出会います。当時、先輩には阿南哲郎、後輩には松本清張がいました。22年、小倉工業学校機械科に入学した岩下は、劉と同人誌『公孫樹』(23年)を創刊、戯曲・創作・随筆を中心に発表します。28年、八幡製鐵所に就職後、『感触』(29年創刊)、『稜体発光』( 31年創刊)、『とらんしつと』(32年)などの詩誌を発行し、詩を中心とした執筆活動を充実させていきました。『とらんしつと』には途中から火野葦平が参加、同じ1906年生まれの岩下、劉、火野の3人は、切磋琢磨しながら共に文学の道を歩み、やがて北九州の文芸をリードしていくことになります。 38年、岩下は火野の芥川賞受賞に刺激を受け、本格的に小説を書き始めます。最初に書いた小説が『富島松五郎伝』(『無法松の一生』)でした。『富島松五郎伝』は翌年、『改造』の懸賞小説に佳作入選の後、『九州文学』に掲載され、第10回と11回の二度直木賞候補にあがりました。受賞こそ逃したものの、文学座での舞台や、稲垣浩監督、伊丹万作脚本による映画『無法松の一生』(タイトル変更は伊丹による)が大ヒットしました。喧嘩っ早く、無骨で一本気、義理人情に厚い主人公の〝無法松?は多くの人に愛され、長く人々の記憶にとどまる作品となったのです。続けて、『オール讀物』に発表した「辰次と由松」、「諦めとは言へど」が直木賞候補にあがり、小説家としての名が知られるようになります。 48年、岩下は製鐵所内の文学愛好者を集め「創作研究会」を立ち上げ、小説の勉強会を開きます。機関誌「創作研究」は2号で終刊、製鐵所の社内誌「製鉄文化」に創作の場を移し、会は岩下の晩年まで続けられました。88年、研究会発足40周年の翌年から、同人雑誌「周炎」が創刊され現在56号まで刊行されています。岩下が起こした文学の火は、今もなお同人たちによって受け継がれています。 日頃は無口な岩下でしたが、お酒が入ると饒舌に文学論を戦わせたといいます。後に劉は岩下への弔辞で、次のように回想しています。〈おれには、「文覚」もあれば、「縄」もあり、「西域記」もある。それなのに、人は無法松の岩下という。無法松しかないようにいう〉と。 岩下は無法松の名が知れ渡るにつれ、自身の代表作のように言われることに対して不本意に思う時期があったようです。 文学館文庫10に収録する小説は、岩下が生み出した代表的な作品です。「算額問答」は、『九州文学』に最も早く発表された小説で、江戸期の数学者安島直円と久留島喜内の、学問を介した深い師弟愛を書いています。緻密で計画性のある直円と自由奔放な天才肌の喜内。性格の違いが、互いに強く惹かれあうも同時に反発も生み出す過程が、丁寧な心理描写とともに描かれています。「辰次と由松」は、40年、第12回直木賞候補にあがった作品です。小倉の漁村長浜で生まれ育った2人の男の友情と、昭和初期の漁村風景や人々が生き生きと描かれています。「諦めとはいへど」(第13回直木賞候補)、「見張所と信号所」は八幡製鐵で働いた岩下ならではの、製鉄所を舞台にした作品です。「文覚」は、伊豆に流罪になった真言宗の僧・文覚が源頼朝に会い、「殺されなければ殺そう」と決起を要請するまでを描いています。 「無法松」だけではなく、職場から歴史まで幅広く題材を取った岩下の小説を、この機会に読んでいただければと思います。岩下俊作詩誌 『たむたむ』『とらんしつと』『感触』岩下俊作は『富島松五郎伝』を皮切りに、本格的に小説を書き始めた北九州市小倉北区城内4の1093(571)1505【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)【休館日】月曜日年末年始(12月28日~1月4日)【入館料】一般200円 中高生100円 小学生50円〈年間パスポート〉一般400円 中高生200円 小学生100円Information文芸hiroba 小 野  恵北九州市立文学館 学芸員Megumi Onoようこそ文学館へ※ 弔辞「俊作よ!深く眠るがよい」(『九州人』  1980年3月)。もんがくいちょうりょうたいせっさたくまじょうぜつひあ じま なおく る しま き ないのぶ「文学館文庫10 岩下俊作」を刊行