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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2016.January埋蔵財化文hiroba 佐 藤 浩 司遺跡からのメッセージ(公財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室 室長Kouji Satou 今、皆さんのご家庭に擂鉢はありますか? 料理好きな方だったら、時々使っているかもしれませんが、なにせ擂粉木も必要となると、少し面倒ですね。 実は、擂鉢は中世(今から約700年前)の時代から一番よく利用された調理用具だったのです。 擂鉢は物をすりおろすための用具なので、何をすりおろしたかが問題です。今ならゴマとか、小豆、大豆、山椒の葉、魚肉とかが思い浮かびますが、大根や山芋など長い根菜類は擂鉢でするより、おろし金とか鬼おろしを用いたほうが能率的ですよね。 しかし、食べ物をすって粉状やペースト状にするのは、縄文時代(約1万年前)から既に考えられた調理法で、磨石と石皿(図1)を使っていたようです。時々遺跡からクッキーやパンに似た炭化物が出土することがあり、大昔の人々も粉食が好きだったことが分かります。 さて、擂鉢の内面には普通7から8本単位の櫛目が付けられているのですが、中世には櫛目のない土製の捏鉢も使われました。 これは火にかけられたようで、ススが付着したものもあります。おそらくすりつぶした食材に野菜やその他の穀類、肉などを入れ、一緒に煮込んで鍋をつくったものと思われます。 遺跡からは内面がすり減った捏鉢が出土することがあり、土器の粉も一緒に食べたら盲腸になるのではないか、とつい心配になります。 日本では室町時代の備前の国(今の岡山県)で「備前擂鉢」という丈夫で優れた擂鉢が生産されました。「備前擂鉢、落としても割れぬ」と全国でも有名だったそうです。この擂鉢は北九州市の中近世遺跡でも多数見つかっており(図2)、まさにブランド品です。 この擂鉢は豊臣秀吉の命で朝鮮出兵(文禄・慶長の役)した際、家臣の武将も持参したようで、韓国釜山市の龜浦倭城(日本軍が築いた城)で出土しており、異国の地でも、よほど擂鉢ですった料理が恋しかったのでしょう。 江戸時代の北九州では、口縁部の内側に受け部を持つ、個性の強い擂鉢が生産されました。上野・高取焼擂鉢がそれで、唐津焼と張り合うように大量生産され、小倉城下町でも多数見つかっています(図3)。 大きな擂鉢を使うには大変な力が入り、時には両足で挟み込んで、両手で擂粉木を持ってすらなければなりません。中世の絵巻物(図4 病草紙)に見る女性の腕も相当たくましくなっていますね。 別に「ごまをする」わけではありませんが、このように食材【このコーナーの次回掲載予定は3月号です】擂鉢を旅するすりばち〈埋蔵文化財の展示案内〉・ 北九州市立埋蔵文化財センター(小倉北区金田1の1の3 093(582)0941) 北九州市を掘る(82) 埋蔵文化財速報展『小倉城西曲輪(にしくるわ)の藩士・町屋敷跡-大手町遺跡第13地点-』 藩施設や町屋敷から出土した陶磁器や瓦、銅製品など約50点を展示 常設展もあり【開催期間】H27年12月22日(火)~H28年4月24日(日)まで【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※毎週月曜日(休日の場合はその翌日)、年末年始は休館【入館料】無料・黒崎歴史ふれあい館(八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F)常設展開催中常設展『城下町から宿場町へ~出土品が語る黒崎の歴史と文化~』『シュガーロード・発掘物語』【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※年中無休【入館料】無料をするのになくてはならない万能の調理具擂鉢…日本食の原点は擂鉢を使った料理にあるのではないでしょうか。図1 磨石(左)と石皿(右)(小倉南区貫川遺跡 縄文時代)図2 備前擂鉢(小倉室町遺跡 室町時代)図3 出土した上野・高取焼擂鉢(小倉室町遺跡 江戸時代)図4 足で鋏んで擂鉢をする(中世 病草紙 国立歴史民俗博物館研究報告2002より転載)すり こ ぎすり こ ぎやまいのそうしすりいしいしざらくし めこね ばちび ぜんこうえんぶあが のはさたかとりク ポわ じょう