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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 前回はすこし寄り道をした。前々回、松本清張と井上靖には、意外なほど共通点や接点があることを述べた。その続きに戻る。 清張は1909(明治42)年12月21日生まれで、井上は07(明治40)年5月6日の生まれ、2歳違いであるが、同世代といっていい。清張は尋常高等小学校を卒業するとすぐに働きに出たが、井上は京都帝国大学哲学科を卒業している。学歴には大きな開きがあるが、この違いがおそらく二人のテーマや題材の捉え方、歴史・人物への作家としての対し方や視点に影響していると思われる。清張の基本的な姿勢は一貫して、常識や先入観、通説をまず疑ってかかり、歴史から虚妄の皮を剥ぎ、伝説をそぎ落として、無残なほどに本当の人間を描こうとするものである。対して、井上は学説や先行研究を尊重しその上に自己の物語を創造する穏やかな態度で終始した。その姿勢は、詩的で静的な叙事的性格から出ているのかもしれない。このことは、また後で、同じ鑑真という歴史的・伝説的人物をテーマにした、二人の作品を比較するときに論じよう。 すこし戻って、二人の明治の少年とその祖母との関係について書いておこう。祖母との愛情関係が作家の性格形成とその文学に影響しているところが、奇しくも共通しているのである。清張の祖母カネは父峯太郎の養母であり、清張と血のつながりはない。井上靖の戸籍上の祖母かのも、もとは曽祖父潔の妾で血縁はない。潔は彼女の後半生を安定させるために、わざわざ自分の孫娘(靖の母)を分家させてその養母として、かのを分家の籍に入れたのであった。そして、井上の場合は実の父母と離れて、小学校の6年生までおかの婆さんと土蔵の2階で暮らしたのである。その共同生活について、井上は『私の自己形成史』というエッセイで次のように語っている。〈謂ってみれば、私と祖母とはかなり強固な同盟関係にあって、村人や親戚を敵に廻して共同生活をしていたのである。この祖母との同盟は彼女が亡くなってから四十五年程経った現在もなお、私の心の中では破れていないのである。〉  祖母対孫の間の愛情には取引の匂いがしたという。かのは靖少年を手なずけておくことで自分の弱い立場を強固なものにし、少年は祖母の味方であることで彼女から大きい愛情を受け取っていた。この同盟が長く破れなかったことは、『あすなろ物語』(1953年1月?6月、「オール讀物」)や『しろばんば』(60年1月?62年12月、「主婦の友」)などの代表作に繰り返し描かれたことでも分かる。しかし、いかに固い同盟であっても、やはり普通とは違う、父母のいない、祖母と二人きりの土蔵暮らしの中では、靖少年は《孤児の孤独》を感じざるをえなかっただろう。それが、井上のよく言われる、《詩人的直感》という作家的資質を育んだかもしれない。さらにいえば、遠ざけられた母性への強い思慕が理想の女性像を創りあげ、その《騎士道的婦人崇拝》が井上作品の重要な要素にまでなっているのである。井上の場合その祖母との《同盟》関係は題材としても特殊で興味深かったから、作品に繰り返し描かれてきた。対して、清張のカネとの関係は表面的にはどの家でも見られる、祖母と孫とのありきたりの関係である。だから、井上ほど特別に描いていない。それでも、『半生の記』や『骨壺の風景』(80年2月、「新潮」)には、繰り返し書き込まれる同じ場面がある。それは、カネの死とその葬式の描写である。また、『恩誼の紐』( 72年3月、「オール讀物」)と『骨壺の風景』には、同じ言葉が印象的に使われている(次回)。 清張はカネのことを『骨壺の風景』で、次のように書いている。〈祖母が生きているときは、私は祖母にそれほどなついていたとは思わなかったが、死んでしまうと、私がいちばん祖母を愛していたことがわかった。(中略) 火葬場の係員が棺を竃の中に入れ、松葉をまわりに詰めこんだ。その松葉の小枝の一つを私も持たされて投げこんだ。このとき嗚咽がこみ上げて、大声で泣いた。〉 おさえて引きしまったいい文章である。それでいて鮮やかに情景が浮かぶ。大泣きする20歳の清張、その心に聞こえるカネの言葉は―次回に続く。文芸hiroba 中  川 里 志北九州市立松本清張記念館 学芸担当主査Satoshi Nakagawa清張アラカルト北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3【常設展観覧料】【お問合せ】093(582)2761一般500円 中高生300円小学生200円【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)Information直筆原稿『骨壺の風景』めかけおえつかまどきょもう※ 『井上靖の世界』福田宏年著、72年9月4日、  講談社。二つの『玉碗記』松本清張と井上靖(4)