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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 松本清張の自伝的小説「半生の記」に、敗戦直前の軍隊で、清張が食用野草の図版を謄写するエピソードが紹介されています。 軍医部では、どのような野草が食糧になるか指示する必要を感じた。軍医部に厚い植物図鑑が持ち込まれ、その図版の中の食用野草を私が謄写することになった。絵の上にうすい謄写紙を当て、上から鉛筆でなぞってかたちをつけ、ヤスリの上に鉛筆で描くのである。 この仕事は愉しかった。私は一枚の葉にも精密な描写をした。ゆっくり時間をかけるぶんには構わなかった。こんな時間には、自分が兵隊になっているような気がしなかった。 朝鮮半島の沿岸警備の前線部隊では、食糧が不足していました。そこで、清張が書いた食用野草の小冊子が配布されたというのです。 出征地での食糧補給・調達は、大きな問題でした。戦争末期は、国内での食糧不足にも備える必要があったらしく、『食べられる野草』(陸軍獣医学校研究部著 1943〈昭和18〉年 毎日新聞社発行)という図版入りの本も出ています。一章「緒言」には〈我が民族が曾て経験しなかった超持久戦を覚悟すべき時となった。/故に今後戦争必需品を作るために、凡ゆる物資の不足を告げ、食糧の如きも不如意勝ちとなるのは当然で、何がうまい、彼がまずいなどという時代ではなく、むしろ生命維持に必要な最小限の食物によって戦い抜かねばならないのはいうまでもないのである〉という記述があります。 さて、食用野草をいざ採取する場合に必要なのが、毒の知識です。『食べられる野草』にも、「有毒植物」という章が設けられています。 毒性植物の摂取による事故は(例えば毒キノコなど)現代でもよく起きています。また一方で、植物の毒を使った殺人(未遂)というのも無くなりません。 ――ここから先は、少々ネタバレ覚悟でお読みください。 86(昭和61)年に発生した「トリカブト保険金殺人事件」は、毒性植物を使った事件として有名です。91(平成3)年に容疑者が逮捕されたとき、「清張作品に似た手口」という記事(7月2日 朝日新聞)が出ました。長編小説『殺人行おくのほそ道』の中で使われた毒がトリカブトだったからです。これについて清張は「モデルになったとは考えたくないが、事件自体には関心を持っている」とコメントしています。容疑者の自宅からは、清張作品が数点見つかったものの、『殺人行おくのほそ道』は無かったそうです。 以前、調査のため「アサヒカメラ」のバックナンバーをめくっていたとき、思わず手を止めたことがありました。40(昭和15)年10月号「薬用植物を写す」という記事に、「ヤマトリカブト」と「ハシリドコロ」が紹介されていたからです。 「トリカブト」は先の『殺人行おくのほそ道』と『熱い絹』にも登場します。古代アイヌが狩猟に使った毒であることから、清張は着想しました。 「ハシリドコロ」は「駆ける男」という短編小説に登場します。その根を食べると、神経に作用し走り出すと言われています。 40(昭和15)年といえば、朝日新聞社に勤務していた清張は、カメラ愛好家として「アサヒカメラ」を毎号読んでいたに違いありません。この2枚の写真が、清張に強い印象を残したという可能性はあります。 ほとんどの毒性植物は、同時に薬草でもあります。清張作品を「毒」とするか「薬」とするかも、読者しだいというところでしょうか?「アサヒカメラ」1940(昭和15)年10月号『殺人行おくのほそ道』 「ヤマトリカブト「」ハシリドコロ」(講談社文庫)文芸hiroba 柳 原 暁 子北九州市立松本清張記念館 専門学芸員Akiko Yanagihara清張アラカルト※  旧仮名・旧漢字を現代のものに直した。かつあら野草にまつわるエトセトラ北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3【常設展観覧料】【お問合せ】093(582)2761一般500円 中高生300円小学生200円【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)Information