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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 前回は、祖母カネの死に泣く青年清張の姿を伝えて終わった。 その死を悲しみ大声で泣くほどにカネを愛した理由を、清張は次のように述べている。 清さん(私を呼ぶ名)、わしが死んだらのう、おまえをまぶってやるけんのう、と祖母はいっていた。まぶってやる、というのは守ってやるという意である。 私は、小さいときから他人のだれからも特別に可愛がられず、応援してくれる人もなかった。(中略)が、とくにひどい落伍もしないで過せたのは、祖母がまぶってくれているようにときどきは考えたりする。(『骨壺の風景』) 学歴がなく冷遇の環境の中、人の道を踏み外さず、壊れずに成長できたのは、祖母カネが守ってくれたからというのである。読書や自学自習、仕事に頑張れたのも、この祖母の愛情の下支えがあったからであろうか。この「まぶってやるけんのう」という独特で印象的な愛情表現は、『恩誼の紐』では「守ってやるけんのう」と直されて出てくるが、違った意味で読む者の心をつかむ。『半生の記』や『恩誼の紐』では、お菓子や小遣いをやったり、住み込み先の家に泊めたりして、孫をかわいがる祖母の姿が見られる。そして、清張はカネが愛情をかけて自分を「まぶって」くれたことに感謝し、自然、愛情を返すようになったのだろう。 このように清張も井上も幼少年期に、おそらく父母以上に深い愛情関係を祖母との間に築き、ずっと後年までその強い紐帯で結ばれていたのではなかろうか。両作家の人格形成や作家の資質には祖母の存在の影響が大きかったといえよう。清張でいえば、祖母が亡くなって40年後に『恩誼の紐』( 1 9 7 2 年3 月、「オール讀物」)は発表され、50年を過ぎて祖母のお骨を探す『骨壺の風景』( 80年2月、「新潮」)は書かれたのである。 さて、二人の履歴に戻ろう。そこまでの道のりは相当に違うが、のちに二人は、同じく新聞社に勤務することになる。清張は1937年10月、朝日新聞九州支社の広告部臨時嘱託として版下を描く仕事を得るが、その後正社員となり意匠係主任にまでなる。井上靖は大学を卒業し、36年8月に大阪毎日新聞社に入社し、学芸部で宗教欄・美術欄を担当する。広告描きと記者との違いはあるが、新聞社という同じ環境の中で同じ空気を吸いながら、戦前・戦後を過ごしたことは特記していい。井上は大学時代から美学を専攻し新聞社でも美術担当だったが、清張も印刷所時代からポスターデザインの世界で頭角を現し、美術関係の専門書を読んだりして、美術的な感性、センスを磨いていた。美術品や芸術家など、美学的な世界への関心は両者に共通するものであった。 文壇へのデビューも、井上靖は「猟銃」(「文學界」10月号)、「闘牛」(同誌12月号、翌年2月、第22回芥川賞受賞)で好評を得た49年、42歳で、清張の方は初めて書いた小説「西郷札」(51年3月「週刊朝日別冊・春季増刊号」、直木賞候補)が「週刊朝日」の《百万人の小説》に入選したのが50年、41歳であった。ほぼ同時期である。ただ井上は戦前から「新青年」に応募したり、36年には「サンデー毎日」の《長編大衆文芸》に応募した「流転」で時代物第一席に入選し、第1回千葉亀雄賞を受けたりしていた。この後、53年に清張は「或る『小倉日記』伝」で第28回芥川賞を受賞する。二人は共に芥川賞作家だったのである。そして、芥川賞受賞後、二人は同じように勤める新聞社の東京本社への転勤を希望して実現させている。このような共通性は、清張に井上靖への親近感を覚えさせたであろう。 このあたりで視点を変えて、二人の作風や作品の特質の類似について少し触れておきたい。が、また紙数が尽きた。詳説は次回にゆずるが、簡単に、両者の作品の共通点について最初に発言した人物のことを紹介しておく。それは、近代日本の代表的詩人・作家の佐藤春夫である。和歌山県新宮町生まれで慶應義塾大学中退、代表作に『田園の憂鬱』(小説)や『殉情詩集』などがある。51年4月、佐藤は慶應大学中心に発行されていた「三田文学」の編集責任者となり、「西郷札」の次作を「三田文学」に発表する清張とも、「猟銃」を発表する前に佐藤に読んでもらっていた井上靖とも、近い場所にいたのである。文芸hiroba 中  川 里 志北九州市立松本清張記念館 学芸担当主査Satoshi Nakagawa清張アラカルト北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3【常設展観覧料】【お問合せ】093(582)2761一般500円 中高生300円小学生200円【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)Information「或る『小倉日記』伝」原稿(日本近代文学館所蔵)二つの『玉碗記』松本清張と井上靖(5)きよちゅうたい、、、、、、、、