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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2016. July埋蔵財化文hiroba 田 村 和 裕遺跡からのメッセージ(公財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室 学芸員Kazuhiro Tamura 下貫遺跡は小倉南区下貫4丁目付近に所在し、貫川の中流域右岸に立地しています。昨年に実施した第3次調査では、古墳時代の「水辺のマツリ」跡と考えられる溝(自然流路)を検出しました。 3号溝としたこの溝からは、コンテナ130箱分の量の遺物(土器や石器)が出土しました。調査区全体の遺物出土量が180箱なので、実にその約72パーセントを占めます。 遺物の種類は弥生土器、古墳時代の古式土師器、須恵器などで、これらの時期は弥生時代前期末から古墳時代終末期(紀元前3世紀?7世紀)に当たります。その中でも弥生時代後期終末期から古墳時代前期(布留式併行期)にかけての土器の比率が高いことが特徴です。時期的には3世紀の土器です。他には旧石器のサイドスクレイパー、弥生時代の石鏃(矢尻)、穂摘具(石庖丁)、石器を作るときに使う敲石や砥石などの石器も出土しました。 土器の種類としては壺と高坏が多く、それらに比べて甕などは少ない傾向がうかがえます。中には丹塗り土器やミニチュア土器も含まれます。 また、十数点を除き基本的にどの土器も破片ばかりの状態で出土しましたが、特に高坏については大半が脚部のみ残っている状態でした。おそらく、わざと坏部と裾部を打ち割ってから捨てたのでしょう。 このような状況から、これらの土器群は「水辺のマツリ」で用いられた道具であったと考えられます。 考古学では、どのようなマツリが行われたか、その具体的内容まで追究するのは難しいのですが、私が想像するに次の三つの可能性が考えられると思います。おそらく水に関係する祭祀が行われたと思うので、①大雨や洪水被害が鎮まるようにという祈り、その逆で②日照りが続いたことによる雨乞いの儀式、はたまた③川魚の豊漁の祈願などが考えられます。皆さんはどういうマツリが行われたと思いますか。 現在、埋蔵文化財センターでは下貫遺跡の出土遺物を速報展示中です。8月21日まで開催していますので、興味のある方はぜひ見学においでください。【このコーナーの次回掲載予定は9月号です】古墳時代の水辺のマツリ  ― 下貫遺跡第3次調査―〈埋蔵文化財の展示案内〉・ 北九州市立埋蔵文化財センター(小倉北区金田1の1の3 093(582)0941) 北九州市を掘る(83) 埋蔵文化財速報展『古墳時代の溝から土器がザクザク!?下貫遺跡第3次調査?』【開催期間】8月21日(日)まで【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※毎週月曜日(休日の場合はその翌日)、年末年始は休館【入館料】無料・黒崎歴史ふれあい館(八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F)常設展開催中常設展『城下町から宿場町へ~出土品が語る黒崎の歴史と文化~』『シュガーロード・発掘物語』【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※年中無休【入館料】無料調査区東半部の作業風景(写真右手前が3号溝)3号溝遺物出土状況速報展示の様子調査区全景:写真上が北(合成写真)しもぬきせきぞくみず べかめに ぬきゃくすそつきさい しほつみぐたたきいしいしぼうちょうたかつきこしきはじきすえきふるしきへいこうき※  ベンガラなどの赤色顔料を塗った土器で、  主にマツリに使用される土器。