ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play

概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 去る5月27日、バラク・オバマ大統領が広島を訪れました。アメリカの現職大統領として初めての被爆地訪問は大きな話題になりました。大統領が献花した原爆慰霊碑のある平和記念公園の中に、原爆ドームは静かに佇んでいます。 今から71年前の8月、このドームから160メートル離れた上空で原子爆弾が爆発しました。1915(大正4)年に建てられたモダンな煉瓦造りの建物は一瞬にして大破。中に居た人びとは全員即死し、印象的だった円蓋型の屋根は鉄骨を残すのみになりました。外側に見える建物を囲む塀のような壁は実はもともと建物の外壁でした。3階建ての壁がわずかに残って、現在のような姿になりました。 街は次第に復興しますが、このドームだけは原爆の惨禍を当時のまま後世に伝えるシンボルとして残されます。96(平成8)年12月には世界遺産に登録されました。 広島とは何かとゆかりの深い清張ですが、戦後まだ焼け野原のころに訪れ、カメラを向けています。 清張の古いアルバムに、このドームを収めた一葉が残されていました。「広島原子爆弾中心地」と添え書きがされ、他と異なり、ページの中央に静かに貼られています。前後から省察すると、どうやら49(昭和24)年3月に大阪・奈良を旅行した際、広島・宮島にも立ち寄ったようです。確かに戦後しばらくの間、清張は空いた時間を使って箒の仲買いをしていたため、関西方面には山陽本線を使って夜行列車で何度も訪れていました。支線に乗り換えては取引相手を増やし、あちこちに足を延ばしますが、それも48(昭和23)年の春まで。 ではこの49年の写真はどんな旅だったのでしょうか。細かな記録も特別なコメントも残されていないので推察するしかありませんが、箒の仲買い旅行の折の写真は残っていないことから鑑みると、貴重なカメラをわざわざ持参したこの旅が特別なものだったのは確かでしょう。京都の寺社でのスナップはどれも構図が凝っていて、純粋に旅行を楽しむ気分と、デザイナーとしての清張のセンスと遊び心も映り込んでいます。 さて、このドームの写真をよく見ると、囲っている柵が竹でできていることが分かります。実はこの柵が竹製だったのは49年からわずか1年ほどの期間でした。清張は図らずも貴重な瞬間を収めていたのです。他の観光地では建物の全景にはまったくこだわらず、むしろ構図を重視していますが、しかしこのドームでは、破壊された建物を大きく写し取っています。手前には瓦礫もあり、未だ残る生々しい戦禍をフィルムに焼き付けておきたいという清張の想いを感じます。広島は清張の両親がかつて暮らし、出会った地です。現状を見せたかったのかもしれません。 清張自身は北九州で育ちますが、父母の話を通して、広島へも愛着を持っていたのでしょう。著作では「私に因縁の深い地」と述べ、作品でもたびたび舞台に選びます。シャッターを切ったとき、清張の胸中にはどんな想いが去来していたのでしょうか。清張のアルバムより文芸hiroba 小 野 芳 美北九州市立松本清張記念館 学芸員Yoshimi Ono清張アラカルト広島での一枚の写真北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)【常設展観覧料】一般500円 中高生300円 小学生200円※こども文化パスポート適用あり【お問合せ】093(582)2761Informationえんがいたたずほうきがれき