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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2016.September埋蔵財財化文文hiroba遺跡からのメッセージ(公財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室 学芸員Syunsuke Shibao 平成25年度に折尾駅の南にある菅原神社遺跡の調査を行いました。この遺跡からは、6世紀の古墳時代から16世紀の戦国時代までの土器や陶磁器が多く出土しました。その中に、鍋の底に3本の足を付けた足鍋という煮炊きに使う瓦質の土器が多く発見されました。 写真のすり鉢と足鍋は、14世紀?16世紀の中世後期に、今の山口県東部に存在した周防国の佐波川の河口にある原遺跡や岩淵遺跡一帯で作られていたことが判明していて、中世後期に山口県だけではなく、豊前国・肥前国や筑前国の博多遺跡群にまで分布していることが分かっています。このように広域に分布する理由として、周防国を本拠地とする大内氏が、14世紀後半には豊前国の守護となり、15世紀の初めには周防国守護と長門国守護に任命され、15世紀中頃には筑前国の大部分の地域を領国化したことに関連する、という見解があります。 中世史の研究者である佐々木銀弥さんは、防府天満宮の南にある宮市という市場が、大内氏の保護のもと、兄部氏という市場を取り仕切る商人が、大内氏への貢納と献上を行うことによって、特権的な営業を行っていたことを指摘しています。したがって、周防国で生産されたすり鉢や足鍋は、佐波川左岸にあった宮市を中心とする商人たちによって、周防国や長門国地域でまず販売されたことが考えられます。しかし、遠い豊前や博多にまで歩いて売りに行くことはできないので、生産した遺跡の近くにある伊佐江津と三田尻津という港から船によって豊前や筑前に出荷されたことが考えられます。 15世紀前半には、瀬戸内海の海上支配を大内氏が行っていたことから、大内氏の庇護のもと、海賊に襲われる心配もなく、また、出荷する港を使うときにも、関門海峡に設けられた関を通過するときにも、関料という通交税を免除されていたといわれています。その代わり、商人たちは、兄部氏を通じて商品の一部、あるいは銭貨を大内氏へ貢納・献上したものと考えられます。 中世後期になると、各地の農村内手工業が発達するとともに、中央都市である京都の発展、肥大化とともに、水陸交通の整備発展、銭貨の全国的な流通、送金・取引のための為替の普及などによって、遠隔地間の取引が活発になってくる、とされています。周防国の瓦質土器も農村の農閑期副業として出発し、大内氏の勢力拡大とともに、広域流通商品として生産されたものと思われます。【このコーナーの次回掲載予定は11月号です】中世後期の足鍋の流通〈埋蔵文化財の展示案内〉・ 北九州市立埋蔵文化財センター(小倉北区金田1の1の3 093(582)0941) 北九州市を掘る(84) 埋蔵文化財速報展『川のそばで暮らした人々―三郎丸遺跡第4地点の調査から―』【開催期間】8月23日(火)~12月18日(日)【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※毎週月曜日(休日の場合はその翌日)、年末年始は休館【入館料】無料古代の川の跡や集落などから出土した墨書土器や緑釉陶器、黒色土器など約30点を展示。常設展もあり・黒崎歴史ふれあい館(八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F)常設展開催中常設展『城下町から宿場町へ~出土品が語る黒崎の歴史と文化~』『 シュガーロード・発掘物語』【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※年中無休【入館料】無料防長型足鍋防長型すり鉢瓦質のすり鉢(上)と足鍋(下)あべが しつばがわはらぶしゅこくみやいちこう べい さ え つみ た じりつせん かかわせのうかんきふくぎが しつ ど きしなべごく かみこう べこう のうい さ え  た じせきりょうのうょういわちしゅ ごりょうすおうのくにさ ば がわが ひ ご柴 尾 俊 介