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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 松本清張の作品に『十万分の一の偶然』という長編小説があります。――夜の東名高速道路で起きた玉突き事故、直後の様子を撮影した写真が、ある新聞の読者投稿写真で入選する。しかしそれは「功名心」のために作った「偶然」だった。――という内容です。 清張は「着想ばなし」で、この作品について次のように語っています。 これを思いついたのは、新聞が読者から募集する報道写真の類からである。その種の写真がニュース性を持つ以上、突発事故が被写体になることが多い。(略)たとえば昭和三十年五月十一日に四国高松沖で起った紫雲丸衝突沈没事件の現場写真は、沈没に瀕する紫雲丸甲板上で混乱する修学旅行の小学生の群れがあり、その痛ましさに見る者の胸が潰れた。これを撮したのはたまたま紫雲丸の救助船に乗っていた人である。新聞社のカメラマンではない。当然に世間の非難はこのアマチュア・カメラマンにむけられた。(略)だが、いずれにしても撮影者がそのショッキングな事故の場面に出遇うのは、それこそ「一万に一つか、十万に一つの偶然」(作中の写真評論家の言葉)である。そのような偶然にはめったに出遇うものではない。とすれば、「素晴しい報道写真」を撮って懸賞に上位入選するためには、演出もやむを得ない、という心境にもなろう。いわゆる「ヤラセ写真」である。それが度の過ぎたものになると、どういうことになるか。――これがこの小説のテーマである。 ここで取り上げられている「紫雲丸事故」は、1955年に、国鉄の連絡船「紫雲丸」と大型貨車運行船「第三宇高丸」が瀬戸内海・高松沖で衝突し沈没、死者168名の大惨事となった事故です。犠牲者の多くは修学旅行中の児童でした。溺れる人たちを撮影した写真が報道され、「撮影している間にも人命救助ができた」という批判が集り「報道写真」論争が起こったそうです。これによく似た事故が、2014年4月16日、韓国で起こりました。半世紀以上も経った現代では、乗客がスマートフォンなどで撮った記録までもが、切迫した状況を生々しく伝えました。東日本大震災でも、悲惨な災害の様子は、プロ、アマ問わず多くの人たちによって記録、発信され、あまりの衝撃に、報道は制限されました。しかし、そのときに発見されたのは、撮る側だけでなく、観る側にもある共犯的な〝欲望?だったのではないでしょうか。携帯電話やインターネットの普及により、現代は〝一億総メディア?といった様相を呈しています。注目を集める動画を撮るため、危険を冒したり、モラルを無視する行為が続出し、問題視されています。結局これも、清張が「それが度の過ぎたものになると、どういうことになるか」と問いかけた小説のテーマと通じるでしょう。 ところで『十万分の一の偶然』は、〈イギリスの推理作家ロイ・ヴィガースの「百万に一つの偶然」をもじった〉題名なのですが、清張作品には、このように外国作品をもじって作られたものがいくつかあります。今回は誌面も残りわずかとなりましたので、その話はまた、別の機会に――。『十万分の一の偶然』(文藝春秋 1981年)松本清張(1987年フランス・グルノーブルにて)文芸hiroba 柳 原 暁 子北九州市立松本清張記念館 専門学芸員Akiko Yanagihara清張アラカルト決定的瞬間という欲望北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)【常設展観覧料】一般500円 中高生300円 小学生200円【お問合せ】093(582)2761Informationうつ※  『松本清張全集』第43巻「月報」み