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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2016. October 今から150年前の1866(慶応2)年8月1日、小倉藩小笠原氏の居城である小倉城は熱い炎に包まれました。幕府の長州征討(第2次)で長州藩と戦っていた小倉藩が自ら城を焼き、田川郡香春などへ撤退したのです。なぜ小倉藩はこのような前代未聞の選択をしたのでしょうか。 明治維新については、薩摩・長州・土佐藩などの志士たちや新撰組などの活躍が一般に知られています。関門海峡は下関戦争・長州戦争の戦場となったように明治維新でも重要な舞台でした。しかし北九州の小倉藩と福岡藩がどのように関わったか、またどのような出来事だったか広く知られているわけではありません。 そこで本展では関門海峡に焦点を当てて、小倉藩・福岡藩と長州藩の動向を中心に、ゆかりの地から関係資料を集成して、知られざる明治維新のドラマを描きます。 長州藩は師の吉田松陰から弟子の高杉晋作へ、幕末日本に対する強い危機感と新しい日本を創る熱い志を継承し、明治維新を主導しました。小倉藩は譜代大名として幕府に対する忠義を貫き、矢面に立って長州藩との戦いを続けました。福岡藩は「開明的」な藩主と「勤王派」の志士を輩出し、挙国一致を目指して懸命な周旋活動を行い、長州征討中止に貢献しましたが、明治維新の「主役」となることはできませんでした。 明治維新において3藩はどう考え、行動し、関わったのか。運命を分けたのは何だったのか。それは3藩の人びとにどのような意味を持ったのか。本展ではこれらの疑問や課題について子細に検討します。また幕府や朝廷、欧米諸国の動向を考え合わせ、複雑とされる幕末維新の歴史を分かりやすく解説します。 本展には多くの貴重な資料が展示されます。一つは絵図や絵巻など図像資料です。1854(嘉永7)年ペリーが再び来航し、横浜で交渉して、日米和親条約を結びますが、警備を担当したのが小倉藩と信濃国松代藩(真田家)です。松代藩は絵師の高川文?を横浜に同行して、交渉や警備の様子を記録させました。絵巻から交渉の緊迫感はもちろんですが、茶菓の饗応や余興の場面には驚きや好奇心が見て取れます。8月18日政変によって京都を落ちのびる公卿を描いた絵(写真1)は公卿たちが太宰府に向かう際に滞在した、黒崎宿の旅籠屋・桜屋に伝わったものです。1866(慶応2)年7月27日の「赤坂の戦い」において小倉藩と共に長州藩と戦った熊本藩が作成した二つの絵巻がそろい踏みします。生々しい戦争の実像を詳しく見ることができます。 もう一つは古文書資料です。福岡藩主黒田長溥・長知父子が岡山藩主池田茂政また柳川藩主立花鑑寛に送った書状からは周旋活動に全力を挙げて取り組む父子の姿が伝わります。諸藩の人びとは他藩の人びとと交渉し、情報を収集・分析して難局に立ち向かいました。戦闘は武士の本分、自分の戦いぶりを詳細に報告し、PRに努めています。本展ではこれらの図像・古文書資料を丁寧に解説します。 このほかにも小倉藩の家老で総大将というべき島村志津摩が藩主から拝領し着用した陣羽織(写真2)など貴重な資料が数多く展示されます。この機会にぜひ展覧会をご覧いただいて、幕末維新のドラマを追体験してみませんか。写真1 文久3年8月18日の政変後に京都から落ちのびる七卿の図(個人蔵)写真2 幕末小倉藩家老・島村志津摩が着用した陣羽織(個人蔵)日 比 野 利 信Toshinobu Hibino北九州市立いのちのたび博物館 学芸員関門幕末維新伝関門幕末維新伝Information【会期】10月1日(土)~11月27日(日) ※会期中無休【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)【入場料】大人500円(400円) 高大生300円(240円) 小中生200円(160円) ( )内は団体料金常設展とのセット券、前売り券あり詳細は、ホームページまたは博物館までお問い合わせください【お問合せ】北九州市立いのちのたび博物館093(681)1011  http://www.kmnh.jp/たかがわぶんせんはた ご や