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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 今年4月下旬の人事異動で当記念館に配属されてから、早くも半年がたった。慣れない業務に必死の毎日だが、時折来館者にまぎれて館内を散策している。当館には松本清張に関係するたくさんの資料が収蔵され、さまざまな展示でそれらを紹介している。その中でも一番大きく、見る者の目を引くのは、やはり松本清張の家(再現家屋)であろう。これは東京都杉並区高井戸にあった清張の自宅のうち、およそ3分の1を占める仕事場部分を館内に再現したものである。屋根や壁などといった建物の構造自体は、実物を模して作られたものであるが、内部にあるものは家具や調度品をはじめ、膨大な量の蔵書や机上の文房具に至るまで、すべて本物である。清張は1961(昭和36)年から亡くなる92(平成4)年まで、この家で暮らした。 私は資料の確認や営繕作業の立会いなどで、この再現家屋の中に入る機会が何度かあった。普段は外から窓越しに室内をのぞき込む形だが、このときは実際に「おじゃまする」ことができたので、内部について少し紹介したい。玄関は純和風な構えだが、そのすぐ脇の応接室は、赤いカーペットに革張りのソファ、石造りの暖炉といったように洋風の造りである。ただし、この応接室の中にも、清張自身が求めたり周囲から贈られたりで、時とともに増えていったといわれる清張のコレクションが並んでいる。例えば武士の甲冑や江戸時代のキリシタン禁止の高札、中国風の絵が描かれた金庫や仏教の塔婆といった品々である。そのため部屋全体で見ると、多彩な文化様式が折衷されたような雰囲気の応接室になっている。ここで清張は来客と歓談したり、担当編集者らと原稿の受け渡しや打ち合せを行ったりしていたそうだ。意外に思われるかもしれないが、私がこの応接室に実際に入ってみて感じたのは「狭い」ということだ。決して間取りが狭小だということではない。しかし、ソファとテーブルとの間や、棚や空調機の角などは、それほど大柄でない私でも、不用意に歩くと体をぶつけてしまいそうな感覚がした。少し話が脇道にそれるが、私は最近各地の博物館や資料館で、偶然にも「明治の○○」や「昭和の△△」といった再現展示を体験することが続いていた。そこでもやはり現代の感覚からすると「小さい」と感じるものが多かったように思う。建物でも乗り物でも道具でも、その当時の日本人の体格や生活事情に合わせた規格で作られていたため、概して昔の日本のモノは小さかったのだと考えられる。しかし私が感じた清張の応接室の「狭さ」の要因は、こういった物理的なものだけではない気がする。自分がいま「偉大な作家 松本清張の応接室」にいるのだといった事実も、心理的な重圧感となってその「狭さ」を助長したのではないだろうか。担当編集者がまだ新人のころを回想し、この応接室で清張と対面した際の緊張感を語っているが、それを察するのも難しくないような気がした。私は学生時代に考古学を専攻していたこともあり、どうしても「遺されたモノから、それを作った人や使った人、そしてその暮らしや営みに思いを馳せる」という癖が出てしまうのだ。再現家屋内には応接室の他にも、今回紹介しきれなかった2階の書斎や、迷路のように入り組んだ書庫がある。これらは、「思索と創作の城」と呼ばれ、清張が作品を生み出すことに没頭した仕事場である。皆さんもぜひご来館の上、のぞき込んで「何か」を感じていただきたい。清張の応接室松本清張文芸hiroba 下 澤  聡 北九州市立松本清張記念館 事務局 企画係主任Satoshi Shimozawa清張アラカルト松本清張の応接室北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)【休館日】年末(12月29日~31日)【常設展観覧料】一般500円 中高生300円 小学生200円【お問合せ】093(582)2761Informationとう ばこうさつのこは