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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

7 CulCul 2017.January埋蔵財化文hiroba遺跡からのメッセージ(公財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室 学芸員Masatoshi Uno 2016年4月に2週間余り、安倍山祭祀遺跡の発掘調査を行った。この遺跡は、1958(昭和33)年に福岡県立小倉高等学校考古学部によって平安時代後期の祭祀用土器が表面採集されたことによって、知られるようになった。 今回の発掘調査は小倉高校が確認したものとは場所、時代が異なるものの、古墳時代祭祀に用いる手づくね土器が発見され、この辺り一帯に祭祀場が点在することが明らかとなった。 安部山は足立山(598メートル)の東南側山麓にあり、ここに和気清麻呂伝説が伝えられている。今から1200余年前の称徳天皇の神護景雲年間(767?770年)に、天皇の寵愛を受けていた弓削道鏡が宇佐八幡神の神勅と偽って皇位に就こうとした。そこで天皇はもう一度正式に神勅を聞こうとして37歳の和気清麻呂を宇佐八幡宮に遣わした。和気清麻呂は「わが国はかつて臣下が天皇になったためしはない。皇位には皇族を立てるべきで、道をわきまえぬ人は退けねばならぬ」という神託を持ち帰った。このため、道鏡の怒りに触れ、足の筋を断たれ大隅の国(鹿児島)へ流刑になり、都から船で向かう途中、宇佐郡に流れ着いた。すると白鹿が来て地にひざまずき、和気清麻呂を背に乗せ、左右を200頭余りの猪が守りながら宇佐八幡宮へと導いた。 清麻呂が罪なきことを乞い奉ると八幡神が現れ、「これより西方十七里の規矩郡(企救郡)竹和山(現在の足立山)の山麓に温泉あり、この所に浴せば必ず癒る」とお告げがあった。清麻呂は急ぎ温泉を浴すと数日にして両足が元のように立つことができた。そこからこの山を「足立山」と呼ぶようになった。その後、和気清麻呂は蜂ヶ坂(現在八ヶ坂、安部山公園の北側)に草庵を結び、神祠を建てて朝夕に祀っていた。この神祠が移って現在の葛原八幡神社になったと伝えられている。 足立山麓には湧温泉口がたくさんあり、その湯が川となって流れていたところから、この地を湯川と呼ぶようになった(他の説もある)。 和気清麻呂伝説の真否は明らかにし得ないものの、この湯川に数カ所の湯が湧いていたことは、湯の噴き出し口を祀った水神社や足立山中腹に鉱泉が見られることからも明らかである。 筋を切られた和気清麻呂の足が数日で治癒することはあり得ないが、少しは歩けるようになったかもしれない。このような温泉の効果に感謝して、湧温泉口への水神祭祀が古くから行われたことは想像に難くない。今回の発掘調査では縄文土器や弥生土器なども出土しており、縄文、弥生時代以降、湧温泉口の水神祭祀の在り方、古えの人々の心の在り方、自然神への祈り方を探る上で、この安倍山祭祀遺跡は学史的に重要な遺跡の一つであることは間違いない。【このコーナーの次回掲載予定は3月号です】〈埋蔵文化財の展示案内〉 ~リニューアルオープンしました~2009年に小倉南区城野遺跡で見つかった、弥生時代後期に築かれた方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)内の箱式石棺2基を移築復元して展示しています実物の石材と真っ赤な朱で敷き詰められた床面を見る絶好の機会です。ぜひご見学くださいまた、絵画文様のある石棺の小口石や副葬された鉄製品、小壺なども見学できます・北九州市立埋蔵文化財センター〈小倉北区金田1の1の3 093(582)0941〉・黒崎歴史ふれあい館〈八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F〉常設展開催中/『城下町から宿場町へ~出土品が語る黒崎の歴史と文化~』『 シュガーロード・発掘物語』【入館料】無料 【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※年中無休葛原八幡神社の和気清麻呂像安倍山祭祀遺跡の手づくね土器出土状態※  ここでは「温泉噴き出し口」を指す宇 野 愼 敏ゆ げ どうきょうしょうとくちょうあいしんちょくき く ぐんしん しゆうおんせんぐちまつちく わ やまじん ご けい うんいにし安倍山祭祀遺跡の歴史的意義さい し・北九州市を掘る(85) 埋蔵文化財速報展『洞海湾の海浜に暮らした人々~山王遺跡第1・2地点の調査から~』 旧石器~弥生時代の石器や奈良時代の製塩土器、中世の陶磁器など200点を展示。常設展もあり【入館料】無料 【開催期間】4月23日(日)まで 【開館時間】午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※毎週月曜日(休日の場合はその翌日)、年末年始は休館