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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 前回(2016年10月号)、清張の『十万分の一の偶然』という長編小説について紹介しました。今回は題名についての余談から――。 決定的瞬間に遭遇した報道カメラマンを、作中で〈一万に一つか、十万に一つの偶然〉と表現して、題名を付けられたのが『十万分の一の偶然』という作品です。しかし、清張は自作の解説で〈イギリスの推理作家ロイ・ヴィガースの『百万に一つの偶然』をもじった〉とも書いています。この2作、題名はよく似ていますが、話の内容は全く違います。ではロイ・ヴィガースの「百万に一つ」とは何を指すのか? この謎は本作の重要な部分ですので、ここで申し上げられないのが残念ですが、気になる方は読んで確かめてみてください。 清張作品には、このように外国作品をもじって作られたものがいくつかあります。たとえば『生けるパスカル』という作品は、イタリアのノーベル文学賞作家であるルイジ・ピランデルロの『死せるパスカル』をもじったものです。もじっただけでなく、作中全般に作家の評伝や『死せるパスカル』を援用し、登場人物と重ねながらストーリーが展開します。この変わった趣向は、ピランデルロという作家を意識してのことかもしれません。作中にも登場する、ピランデルロの戯曲『作者をさがす六人の登場人物』は、劇自体を題材にした劇中劇で、不条理演劇の先駆けなのだそうです。清張は『生けるパスカル』の中で、『作者をさがす六人の登場人物』こそを、ピランデルロの代表作として〈二十世紀の傑作〉〈最も有名〉と紹介しています。この作品を念頭に清張は、実験的な『生けるパスカル』を書いたのかもしれません。 また、『田舎医師』という作品は、フランツ・カフカの『田舎医者』によく似ています。題名も「医師」と「医者」の違いだけですが、僻地の地域医療を担う医者が、雪の降る夜に、馬でなければ行けない場所に瀕死の患者を診察に行くという設定がそっくりです。清張の『田舎医師』は、父親の故郷を訪ねる自伝的小説の系譜の一つに数えられますが、医師と、そこで起こる事件は、カフカ作品を借りた部分でありフィクションです。カフカが田舎医者の切迫した状況や狂気を描いたのに対し、清張は貧者の視点から田舎医師を見つめます。繁栄している父の縁者に対し〈父の不遇だった境遇を思わずにはいられない〉と記しています。カフカの作品に仮託した清張の肉声が聞こえる部分です。 他にも、皆さんがお気付きの作品もいくつかあることでしょう。私が気付いたもので今回紹介したのは、ほんの一部に過ぎないはずです。清張が作品に忍ばせた先人のテキストに、新たな意味を見出すのも、私たち読者の楽しみの一つと言っていいでしょう。『生けるパスカル』(光文社 1971年)『田舎医師』(婦人公論 1961年6月号)文芸hiroba 柳 原 暁 子 北九州市立松本清張記念館 学芸員Akiko Yanagihara清張アラカルト外国文学から採られた題名平成28年度後期特別企画展 清張が描いた日本の近代――豊穣なる小説群【開催期間】1月21日(土)~3月31日(金)【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)【会場】北九州市立松本清張記念館地階企画展示室【入場料】常設展示観覧料に含む常設展示観覧料 一般500円 中高生300円 小学生200円【お問合せ】北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3 093(582)2761Information※  『松本清張全集』第43巻「月報」ドラマへきち