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概要

北九州市芸術文化情報誌「CulCul」・ 「かるかる」  発行/北九州市、(公財)北九州市芸術文化振興財団 出版事業課

4 前回(2016年12月号)の「清張の応接室」紹介が思いのほか好評だったため、今回は松本清張邸(当館内の再現家屋)探訪記の第2弾として、書斎についてお話ししたい。 清張が来客や出版関係者らと談笑した応接室とは違い、この書斎には担当編集者や家人でさえも立ち入るのがはばかられたという。ここは作家松本清張が一人で執筆作業に没頭した仕事場であり、まさに「思索と創作の城」の中枢と言えるだろう。 館内の見学通路から再現家屋2階の窓越しに書斎をのぞき込むと、机の周囲に積まれた参考資料の山やカーペットの焦げ跡といった、清張の執筆環境を示す痕跡が確認できる。また展示ケース内には、万年筆や老眼鏡といった執筆道具の数々が並べられている。こうした書斎の見どころや目玉については、館内のパネル等でも詳しく紹介されているため、ここでは割愛する。ぜひご来館のうえご覧いただきたい。 今回私が誌面で紹介したいのは、この書斎の空調設備についてである。やはり私には、どうしても細かいことが気になってしまう癖があるらしい。先日も再現家屋内の営繕作業に立ち会った際、書斎の壁のスイッチ類に目が留まったのだ。 このスイッチ類について少し詳しく観察してみた。金属製の小さなパネルの左肩に「冷房」と手書きの文字が入り、黒色の「入」と赤色の「切」の丸ボタンが縦に二つ並んだ、一見して古風で単純なスイッチである。そのスイッチパネル右隣には、セ氏(C)ではなくカ氏(F)の目盛や、米国「Honeywell」社のロゴが入った、丸型のサーモスタットが取り付けられている。これらはいずれも積年の煙草のヤニで茶色に変色しており、構造からみても後付けされた感じは全くない。この家が1961(昭和36)年に建てられた当初に造り付けられたもののようだ。実際、新築間もないころに書斎で撮影された執筆風景の写真を見てみると、これらが現在と同じ位置に写っている。また、奥の壁際にはガスヒーターと思しき器具が設置されているのも確認できる。つまり、この書斎は昭和30年代後半の時点で「冷暖房完備」であったと考えられるのだ。 高度経済成長期とはいえ、まだ当時の一般家庭では扇風機や石油ストーブ、練炭や電気のコタツといったものが冷暖房機器の主流であったはずだ。しかしちょうどこのころといえば、清張が『点と線』をはじめとする数々の推理小説でベストセラーを連発し、『日本の黒い霧』でノンフィクションの分野にも進出していった時期と重なっている。昭和36年度所得額が作家部門の第1位となった清張が、随所に贅を尽くした豪邸を新築したというのもうなずける。 ところでこの書斎の空調設備充実については、はたして清張本人の意向だったのだろうか?当時の担当編集者も「先生は寒いときは丹前を着込んで、暑いときは浴衣の前をはだけて書いていた」と回想する。やはり明治生まれということもあってか、清張自身が極端な暑がりや寒がりだったわけではないようだ。そう考えると、常に締め切りに追われながら寝食を忘れ書き続ける作家の体を心配して、周囲の人物が新居建設の際に「書斎の環境を少しでも快適なものに」と提案したのかもしれない。清張の妻・松本ナヲ氏は、陰に日なたに夫を支えていたそうだ。書斎のスイッチ一つにも、そういった夫人の気遣いが見え隠れしていると考えるのは深読みだろうか。冷房スイッチ(左)とサーモスタット(右)清張の書斎:右上の時計の下方にスイッチ類文芸hiroba 下 澤  聡 北九州市立松本清張記念館 事務局 企画係主任Satoshi Shimozawa清張アラカルト清張の書斎北九州市立松本清張記念館北九州市小倉北区城内2の3【開館時間】午前9時30分~午後6時(入館は午後5時30分まで)【常設展観覧料】一般500円 中高生300円 小学生200円【お問合せ】093(582)2761Informationたばこおぼぜいたんぜんハネウェル※  室温を一定に保つため、冷暖房機器に流れる  電気を自動的に制御する装置