紺屋町遺跡第2地点

所在地  北九州市小倉北区紺屋町

調査時期 令和3年12月27日〜令和4年1月18日

調査面積 152.3㎡     

        


調査の内容
  

 本遺跡は紫川河口部東岸域に形成された三角州の一角に位置している。ここは近世には小倉城内東曲輪の東端部、仲津口門に近接する地点にあたり、幕末頃に描かれたとされる「小倉藩士屋敷絵図」によると侍屋敷の建ち並ぶ区画に相当する。基盤層は黄色系砂であり、遺構検出面の標高は約3.1mである。

 調査の結果、井戸、土坑、埋甕、ピット等の大量の遺構が複雑に切り合って検出された。出土遺物には17世紀から19世紀幕末頃にかけての近世の磁器、陶器、瓦質土器、土師質土器、瓦、金属製品などがある。これらのことから、本調査区については近世を通じた人間活動を認めることができるが、遺物量の比較から、その主体となる時期は19世紀代にあったものと思われる。なお、ある時期の遺構配置等、具体的な土地利用方法については、遺構が複雑に切り合うことから今後の検討が必要である。

 東曲輪全体については、形成過程や土地利用の変遷等、その様相はいまだ不明確である。本調査成果は、このような東曲輪の実態を検討するための重要な一資料と言えるだろう。

    
1.初回検出遺構全景(俯瞰)のコピー.jpg
初回検出遺構全景 (俯瞰)
                
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                            75号土坑遺物検出状況 (西から) 
               
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                         1号埋甕 (南から)
       

        

主な遺構

江戸時代

 井戸、土坑、埋甕、柱穴

       
主な遺物

江戸時代

 瓦質土器、土師質土器、磁器、陶器、瓦、金属製品   

コンテナ

 128箱