京町遺跡第13地点
所在地 :北九州市小倉北区京町216-1、217-1、218-1
調査時期:令和8年4月3日~4月28日
調査面積:300㎡
調査の内容
本遺跡は紫川の東岸にあり、小倉城東曲輪に位置する。幕末に描かれた『小倉城外町屋鋪之図』では京町四丁目筋に面する町屋に当たる。絵図では3軒の町屋区画に相当する。
調査では表土下約1mより砂層が検出され、この上面において遺構が検出された。
東西2カ所では焼土坑を検出した。焼土坑には遺構自体に焼けた痕跡は見られないが、焼けた土壁片や焼土塊、炭粒、2次的に火勢を受けた瓦が大量に含まれていた。火災によって使えなくなった瓦などの廃棄のために掘られた土坑だと考えられる。
調査区東端部で検出された井戸は自然石を積み上げたもので、近代に掘られた撹乱坑の下より検出した。石積みが歪んでいるため、検出面から70㎝ほどで掘削を断念したが、井戸内部は砂で埋め戻されている。井戸内部からは17世紀代の陶磁器が出土している。
東半部では一部で砂層上面に整地層が残り、この下位より雨落ち溝と考えられる瓦列を検出した。付近では栗石が詰められた土坑や礎石の残る柱穴も確認されており、これらは建物に伴う遺構である。
北東部では大型土坑が検出された。周辺は近現代の撹乱があり、全形は不明だが5mほどの長さで確認された。断面は箱状で溝状遺構(堀)の可能性もある。埋土は小礫を含んだ砂層で埋め戻されており、遺物はほとんど含まれない。
また、遺構からの出土ではないが、近代の浄化槽の掘方にて灯籠の脚部が出土しており、これには「天正二年甲戌 閏十月吉日」の銘が記されている。今回の調査では当該期の遺構や遺物は確認されていないため、別の場所から持ち込まれた可能性がある。
これらの成果は町屋の状況の一端を示しており、近世の城下町を考える上で重要な資料を得る事ができた。

遺跡全景(上が東)

2号焼土坑掘削状況(西から)
1号井戸掘削状況(南西から)

雨落ち溝検出状況(北から)
主な遺構
| 近世 |
焼土坑、土坑、井戸、溝状遺構、ピットなど |
主な遺物
| 近世 |
天正二年銘の灯籠、近世の陶磁器、瓦、硯、近代の陶磁器、ガラスなど |
| コンテナ | 154箱 |
