大手町遺跡第15地点
所在地 :北九州市小倉北区大手町
調査時期:令和8年6月22日~8月7日
調査面積:420㎡
調査の内容
遺跡は紫川の西岸にあり、小倉城西曲輪に位置する。遺跡の標高は約10mである。幕末に描かれた『小倉藩士屋敷絵図』では、小倉城三ノ丸の武家屋敷の1軒とそれに面する東西方向の道付近に相当する。ただし、今回の調査では該当する道を確認することはできなかった。調査区はコンクリート基礎により大きく撹乱されているが、基盤層である白〜黄色系粘土層の上面にて遺構を検出した。
調査区の南端部では北から南にかけて急激な落ち込みを確認しており、堀と考えられる。層序は落ち込みに合わせて傾斜した複数の層を確認したが、大きく4層に分けて掘削を行った。1層は橙色粘土層、2層は暗褐色層、3〜4層は暗灰色層である。これらの層からはわずかではあるが、中世の青磁碗、青花などが出土している。確認のため4層より下を一部トレンチ状に掘り下げたが、ほとんど遺物は含まれていなかった。
調査区の西端部からは大型土坑(37号)が確認された。これは井戸と考えられる。検出面から1.5m程の深さまで掘削を行ったが、安全のため掘削を中断した。土坑内部からは大量の石とともに17世紀代の陶磁器が出土している。
調査区から出土した遺物や遺構は17世紀代のものが主体となるが、1号土坑から出土した土師器の甕など、一部に8世紀代の土師器や須恵器を含んでいる。
調査区周辺では、過去の発掘調査で小倉城三ノ丸内の南側に隣接する篠崎の地に設けられた道や門、武家屋敷を確認している。今回の調査で近世の武家屋敷を考える上で重要な資料を得る事ができた。

南半部全景(上が東)

調査区南端部土層(北西から)

1号土坑遺物出土状況(西から)

37号土坑遺物検出状況(東から)
主な遺構
| 古代〜近世 |
土坑、溝状遺構、ピット、井戸など |
主な遺物
| 古代〜近世 |
8世紀の土師器、須恵器、中世の青磁碗、青花、瓦質土器、 |
| コンテナ |
46箱 |
