末里遺跡2区
所在地 :北九州市八幡西区南鷹見町12
調査時期:令和7年9月29日~11月21日
調査面積:720㎡
調査の内容
本遺跡は洞海湾の最深部と遠賀川に挟まれた低丘陵上にあり、標高約5〜7mの斜面に位置する。調査区の近隣には堀川があり、調査区の北西側において北から東へと向きを変えて流れ、洞海湾に注ぐ。
調査区の大部分は軟質の砂岩を基盤とし、南から北に向かって下る斜面に位置する。南側ではこの斜面が4段の段状に削られており、それぞれの段に沿って溝状遺構が掘られている。遺構はこの段差付近や調査区の東側を中心に確認されている。
中央付近には2基の井戸が確認されている。1号井戸は基盤である砂岩を刳り抜いた素掘りの井戸で、底は確認できていないが、少なくとも深さ3m以上である。側面にはピット状の横穴が縦に並んでおり、それが東西の相対する位置に確認された。これは昇降する際の足掛かりだと考えられる。中心には息抜きの竹が残っていた。これは井戸を埋め戻す際に埋設されるもので、ガス抜きのため、もしくは井戸の神様への祭祀行為と考えられるものである。2号井戸も素掘りの井戸だが、深さ2mほどで底を確認できた。掘方の周囲にはわずかに礫が見られ、岩盤の上面には井戸側として石積みがあったと考えられる。
北東側には遺物包含層を含む堆積層が確認されている。堆積層は7層を確認しており、その内の2層と6層を遺物包含層として掘削した。遺物量は多くないが、平安時代〜鎌倉時代と考えられる土師器や黒色土器、玉縁口縁の白磁碗や鎬蓮弁文青磁碗などが確認されている。7層と基盤層(8層)の上面ではピットを中心とした遺構を確認している。なお、1層の上面にて30号土坑を確認しており、これには18世紀代の陶磁器が多く含まれていた。
これらのことから、周辺は古代〜中世の集落の中に位置しており、斜面にはピット群を伴う何らかの構造物が作られていた可能性があることや、その後、鎌倉時代頃までには、斜面が大量の土砂によって埋没したことが確認できた。このことは、当該期の折尾地域の状況を考える上で貴重な成果だと言える。

調査区全景(上が南)

段状遺構と溝状遺構完掘状況(東から)
1号井戸息抜きの竹検出状況(南から)

遺物包含層6層遺物出土状況(北東から)
主な遺構
| 古代〜中世・近世 |
遺物包含層、段状遺構、溝状遺構、土坑、埋甕、ピットなど |
主な遺物
| 古代〜中世・近世 |
古代〜中世の土師器、黒色土器、白磁、青磁、近世の陶磁器、瓦など |
| コンテナ | 96箱 |
